暁の虚城、宵待ちの都 第二章
(1)
夜になり、アステアの発熱はピークを迎えていた。俺の魔力も休息によって大分回復していたが、一度解毒を施した者に魔法をかけても意味が無い。体内の毒はすでに薬と反応して、純粋な毒素ではなくなっているからだ。効果が無ければまだいいが、下手すれば副作用によって余計に苦しめることにもなりえる。
発熱の苦しさにたまに身じろぎをしては唸るアステアを、俺はじっと待つしかなかった。
──ジャガン様、自室にお戻りになって……
──うるさい! 俺に指図……する…な……
──いいえ退きません! ジャガン様!
ふと、リルパ……俺の幼少時代のリリパットの養育係のことを思い出していた。人間である俺に接してくれたという、数少ない記憶。
あれは、毒耐性の実験台まがいのことをされていたころだ。
──冥王ゴルゴナ様からのお言いつけで……キアリーもキアリクもして差し上げられませんが……
──だから、放っておけと言っている……!
──そうはいきません。このままではジャガン様が死んでしまいます!
──……死など……厭わん……
──ジャガン様! そんなことを仰っては……
いくつかの押し問答の末、リルパは強引に俺を寝床に突っ込んだ。
いつもならそんなことをしようものなら圧倒的な力の差でリルパは倒されてしまうのだが、この日の俺は毒で弱り果てていた。今思えばリルパも相当必死だったのだろう。
──ジャガン様をいま一番苦しめているのは高熱です。人間は熱に弱いのです。
──……。
──さあ、これを。
そういってリルパは俺の首の下、そしてわきの下に氷嚢を差し入れたのだった。
──これで少しは楽になるはずです。熱もきっと下がります。ご辛抱を、ジャガン様。
──……余計な……こと、を……
──おやすみなさいませ、ジャガン様。
ことあるたびに憎まれ口を叩いた。……リルパは今、どうしているだろうか。
「……! そうか、その手があったか。」
誰ともなしにひとりごちると、やおら立ち上がる。
道具袋の中身をひっくり返し、皮袋をなんとか三つ揃えた。一つはアステアのものだが、この場合いたし方ないだろう。後で謝れば済むことだ。
魔力も回復している。準備は万端だ。
手近な石を核に、冷気の呪文を駆使しながら小さな氷塊を作り出す。ちょっとした小山ぐらいになると、先ほど用意した皮袋に氷をつめて口を縛る。そのうちに溶けた氷が染み出してしまうかもしれないが、皮がいくらかでも防いでくれるだろう。
簡易氷嚢を作ったところで、アステアにあてがわなくてはならなかった。