暁の虚城、宵待ちの都 第三章

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 城の階下ではアステアの帰還によってにわかに騒々しくあれやこれやの準備が進められているようだった。平和になったとはいえ、やることなど文字通り山積みになっているのだ。しかも、アステアはラダトーム王家唯一の生き残りである。政云々の他、王族としての儀も押し寄せているに違いない。半ば客人扱いで放っておいてもらえる俺はアステアに比べたら相当気楽なものだ。
 故郷に帰ってきたとはいえ、自分の時間をひとときでも味わえるのは自室、という選択はあながち間違っているものでもないようだ。

 「うん、あまり荒らされていなくてよかった。まあ、元々あまり物はないんだけど。」

 階段をいくつも昇り、廊下を曲がり曲がって行着いたアステアの自室は、あまり魔物にとって有益なものがなかったのか、部屋がありすぎて特に使う事もなかったのか、うっすらとホコリを被ってはいたが比較的維持されていた。本人がいうように、部屋には本棚と机、ベッド、簡単な応接セットがあるだけだ。さすがにぱっと見板切れのような家財ではなかったが。俺には人の部屋を観察するような趣味はないので、一瞥しただけで終わる。

 「ここならアランともゆっくり話せるしね。」

 白っぽくなったソファの表面を払い、いつもそうしていたかのように部屋の主は座った。

 「あの様子だと……僕はこのまま城に缶詰め、かな。」

 階下のことを気にしているのだろう。確かに、部屋に辿り着くまでに、遠くにではあったがこれからのアステアがやらなければいけない事柄が聞こえては消え、聞こえては通り過ぎるという繰り返しだったように思う。

 「まあ、門外漢の俺からみてもそうなる確率の方が圧倒的に高いとは思うが。」
 「……はあ。政が嫌いってわけじゃないんだけど。」
 「仕方がないだろう。」
 「急に環境が変わるのは何度経験したって、やっぱりちょっと大変だよ。」
 「おまえが泣き言を言うとは、珍しいな。」
 「……どうしてかなあ。二回目だね、そういえば。……それはともかくとして、君のこれからについてなんだけど。この先いつ話せるか分からないから。」
 「ああ、そうだな。その方がいい。」

 そこから先は、個人、国、それぞれができる事、天秤にかける作業だ。

 「来て早々になんなのだけれど、君も察しの通り、僕は忙殺されることが決まっているようだ。……。」
 「……なんだ、その沈黙は。」
 「いや、別に。」
 「……当ててやろうか。アルスと同じような事を考えているんだろう。」
 「……な、なんのことだよ?」

 明らかに動揺している。

 「やめておけ。おまえはアルスとは状況が違うだろうが。アルスの場合は旧知の頭目によって既に国を動かす基盤がほぼ出来上がっていたが、おまえの場合はまず人を集めることから始めなければならない。レジスタンスはとりあえず戦えれば頭数にはなるが……政となると訳が違う。」
 「……わかってるよ。まったく、本当にアランは合理的すぎる。」
 「……おまえは頭が切れるのか切れていないのか、よく分からん。」

 しばしの沈黙。俺は間違った事は言っていない。

 「まあともかく、だ。僕が城から……多分……出られない以上、アランには本格的に協力してもらうことがほぼ決定だね。」
 「そうなるだろうな。」
 「あと、一応もう一度聞いておく。前に『あてどもない』なんて言ってたけど、アランも何かしら予定があるんじゃないのか。」
 「……別に、ない。」

 俺の一瞬の淀みにアステアの目がちらりと光った気がしたが、それ以上追求されることはなかった。
 結局、アステアはしばらくは城を中心とした仕事をこなし、俺はアレフガルド全域を巡って視察、アルスが言っていた聖なるほこらなどの聖域の修復などに当たる、ということで話がついた。
 俺は地下世界の村や街についてはほとんど行った事がない──もしくは村自体が新しく起こされたものも多いので、旅はほとんどが徒歩かそれに準ずるものになる。行きはルーラがほとんど使えない、ということになるわけだ。旅の手順などについては追々として、とアステアが前置きする。

 「視察するからには報告してもらわないと。旅の扉が近くにあるときはいいけど、ないときは一度ここへ戻ってきて欲しい。僕の方からどれぐらい回ったから戻れ、という干渉や制約はしない。」
 「年単位で来なくても知らんぞ。」
 「まさか。」

 どういった意味のまさか、なのか分かりかねる。笑っているところをみるとそんなに悪い意味ではないようだが。

 「とにかく、必ず報告してくれ。」
 「分かった。そうしよう。こっちとしても半ば厄介になる身になっちまったんだ。」
 「……そんなこというなよ。僕が君を誘ったのは、合理的な理由からだけじゃないよ。」
 「はっ、俺に気でもあるのか。」

 我ながら意味不明な言葉を口走ったものだ。
 内心どうフォローを入れるべきか逡巡したが、アステアは一寸あごに手を当て斜上目線で何かを考えた後に、

 「さあ、どうだろうね。そうだったら面白いよね。」

 の一言でその場はなんとか切り抜けられたようだ。

 「アランはまだちょっと人との付き合い、っていうのが心もとないし、僕としても君が君として成長していくのは楽しみなんだよ。……っていっても僕らは生年月日は一緒だけど。旅を通しての人生経験、ってやつかな。どうやるかは君の選択に任せたい、っていうのはこの辺が絡んでたりするんだけどね。」
 「そりゃあ、どうもお気遣いを。」
 「変なところでからかわないでよ。まったく。とにかく、この後きっとこの国の重鎮らが会議を開くと思うから、このことは僕から進言しておく。君の悪いようにはしないし、僕にとってもいいことだ。」
 「細かい事は任せる。俺の事はあまり気を使わなくてもいい。」
 「正直言うと、もとよりそうさせてもらうつもりだったけどね。アラン、君にはあんまり選択権はなかったりするんだ。」

 そう言うと、知将アステアはおかしそうに笑った。

 なんだか最近、どうも釈然としない会話パターンな気がするのは俺だけだろうか。
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