暁の虚城、宵待ちの都 第四章

| 目次

  (1)  

 主要な街であれば大抵は旅の扉が近くにあったりする。こと、ラダトームから近しい街は機能の回復も早いらしく、通信ラインはほぼ整備されていると言っても過言ではないだろう。どの街も魔物達に相当やられたとはいえ、人が集まるところは復興も比較的早かった。同時に、旅の扉は交通機関としても活用できるわけだが、難民が一気に押し寄せても対処しきれないことなどからその利用は一時的に制限されていることもあった。
 こういった事柄を報告するのを約束して城を出たわけなので、旅の扉があればラダトームに連絡を取ることにしている。旅の扉がなければルーラを使って俺自身が戻らねばならないのだが、通信ラインが整っている事でここ一年程はラダトームを拝むどころか、アステアとも直に会っていない。
 加えて、アステアの治世が上手くいっている証拠だろう。旅に出たはじめの頃こそそれなりに目まぐるしく変化を求められたが、今ではそれほど事を急がずとも政の成果が大幅に左右される事はない。
 まったく城に寄り付かない俺にアステアは少し不満そうにしていたが、お互い納得の上での約束なので強く責められる事はなかった。連絡するだけましだ、と。
 俺もアステアも、それぞれの役割をまっとうしながら日々は過ぎて行く。


 長らく旅をしていれば距離に比例して、町並みは徐々に過疎になっていく。地上での旅と同様野営と宿泊のパターンで進んでいるのだが、進むにつれて野営の数が多くならざるを得ない。キャンプのような集落であっても、今の俺にとっては数少ない補給地点だ。
 この日立ち寄った集落は、小さいながらも商店や簡易教会、宿を兼ねた酒場などが備わった村だった。簡素な建物の二階にあった宿で寝床を確保し、それなりに賑わっている酒場へと降りた。
 手近な席を陣取り、軽い食事を頼む。回りでは屈強な男達や大きな荷物を抱えた行商人や旅人、化粧をした身なりの目立つ女達などが一日の最後を楽しんでいる。酔いも手伝って酒場はざわざわとうねるように響いていた。
 酒場に降りたのは何もおもしろおかしく夜を過ごすためではない。できることならこんな人込みは避けておきたいものだが、俺には裏向きの目的がある。ローランの件についての情報集めだ。
 表向きの「治世のための巡回」に隠れて情報を集めるには、こういったある程度無礼講で前後不覚ぎみの場所の方があっていると判断している。酔っぱらったから空耳を聞いたんだ、とかなんとかいって後からうやむやにすることも可能だ。酒の力で饒舌になっているのも強い。虚言癖にあたった時に困ったことになる可能性もあるのだが、話のつじつまが合わなくなってくるので精査するのに難儀はしない。
 耳に入ってくる会話の内容は、あそこが壊れているだの、誰某の家に井戸ができただのの土木関係の他に、魔物との格闘武勇伝やらの昔話、遠い街のうわさ話などメニューには事欠かない。中でも特に多い話題はラダトーム国女王、アステアについてである。今日は近くのテーブルで歓談していた男達が声高に盛り上がっている。

 「アステア様が即位されてからどこも見違えるように綺麗になってるさねえ。平和万歳ってやつさあ!」
 「そりゃあ、俺っちたちが一所懸命働いてるからじゃねーかよう。」
 「そうだけどもよ、やっぱり一番はアステア様のためだったらやってやろうじゃねーかって思っちまうんだよなあ。」
 「ちげえねえ、ちげえねえ! 魔王軍がいたころにゃあまだまだ子どもっぽかったのによう、ここ数年で随分お美しくなった!」
 「ほんっとびっくりするわなあ。俺達も年を取るわけだわな!」
 「死ぬ前に一度でいいからアステア様とお近づきになりてえもんだなあ。」
 「だははは無理無理! 逆立ちしたっておめえの面じゃあ適いやしねえよお!」

 がはは、と豪快な笑い声を立てる男達。あんまり下品なことをお言いでないよ、と酒場のおかみがカウンター越しに忠告するもおかまいなしだ。そのうちに寄ってくる男が云々、色気が云々どんどん話は膨らんで行く。本人がいないと思って言いたい放題だ。俺の鎧が見えれば方向性も換わったのだろうが、目立つのを避けるため、普段は羽織ったマントの影に隠れている。
 出された飲み物を黙々と流し込んでいたのだが、男達の話題がエスカレートしていくうちに俺はだんだんと苛立ってきていた。──おまえらにアステアの何が分かるんだ、と。
 気がつくと俺は男達のテーブルに近付いていた。……もちろん、こんな場末で揉め事を起こすような馬鹿はしない。多少足取りが強いのと機嫌が悪そうなのは俺の性分だ。
 突然のゲストに男達は臆することもなく迎え入れた。どいつもこいつも既に顔が真っ赤になってしまっている。

 「よお兄ちゃん、どうしたい!」
 「アステア様ふぁんくらぶに入りたいのかい。ぶははは!」

 当たり前のことだが、酒臭い。ずっと居座ったら更に気分が悪くなりそうだった。強引に話を逸らして聞きたい事だけ聞いてしまおう。俺が尋ねたいのは偶像崇拝されているアステアについてではない。
| 目次

 

powered by HTML DWARF