暁の虚城、宵待ちの都 第五章

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 午後の宮は一番忙しい時間帯である。使用人達は午後の晩餐をはじめとして、城の立ち回りメンテナンスや、城で生活や勤めをする者たちのための身の回りの仕事などなど、目まぐるしく働かねばならない。
 要人達にとっては書類の整理や接見などが一番かさ張る時間帯である。といっても、上から数えた方が早い者達にとっては要領さえつかんでしまえば仕事が終わる時間も自分次第でいかようにも捻出できた。そこの中庭テラスで茶を啜っているアステアもそういった類いだろう。書物庫での考え事に一区切りをつけた俺は、自室への帰りがけに休憩中のアステアを見かけた、というわけだ。
 今日の公務は早めに終わってしまったのだろう。すっかりくつろいでいたアステアだったが、あちらも俺の事を発見したらしくティーカップ片手に空いた方の手を小さく振った。

 「調べものは終わった? アラン。」
 「まあ、な。」

 そんなご挨拶を交わしながら手招きされた午後のティータイム会場へ歩み寄る。この後することといったら次の旅の前準備ぐらいなもので、俺も多少時間を持て余し気味だった。
 アールの効いたデコレーションを施されたガーデンチェアにラフに座る。対面に座るアステアは国の要となって以来、淑女然とした振るまいを心掛けているようだ。姿勢を正す、という言葉がぴったりだ。こうして対面していると俺とアステアは本当に対照的に見える。
 自分で声を掛けておきながら、アステアはしばらく黙って茶を嗜んでいた。ときたまよく手入れをされた花垣などを眺めながら。
 カップの底の最後のひとすくいを流し込んで会話は再開された。

 「決めた。ついていくことにする。」

 突然。まさにこのために用意された言葉だと思う。
 そもそも、以前言及したときこの件については諦めていたと認識しているのだが。

 「ついてくる、だと。次の出立にか。」
 「それ以外にある?」

 さもありなん。

 「……当然のように言っているのはなぜだ。おまえにはおまえの職務があるはずだろう。」
 「一年もやっていれば少しぐらい席を離れたって大丈夫だよ。遊んでいたわけじゃない。」
 「それはそうだろうが……ついてこられると困るんだ、次は。」
 「……次は、か。」

 つい、口を滑らせた。聡いアステアは普通なら取るに足らない単語を掬い出してしまうのだ。
 ラダトームに帰って来たときといい、この分だとこいつは既に俺の裏の行動を予測しているだろう。ひとつ嘆息する。

 「……うまく隠れてやっていたつもりなんだがな。どこまで察した。」
 「そうだね、割と早く。……そもそもアランが政治に勤勉すぎるのも怪しいものだよ。ふふ。きっかけはそんなものだけど、一回気付いてしまえば君が秘密裏になにかを探っていることを探知するなんて造作も無い。少しばかり職権乱用だけれど。」
 「それなら、俺が何を中心に調べていたかもお見通し、ってわけか。」
 「不可思議な現象が起きる村や毒の沼地ばかり訪ね歩いていただろう。ひとつのことに集中する気質のアランが、それと共通するようなことで気がかりにしていることといったらそんなに多くない。……僕は、ローランにつながるんじゃないかと踏んでる。」

 その先に見えるものが何かまでは解らないけれど、とアステアは付け加えた。

 「さすがだな。読みはほとんど当たりだ。そこまで読まれてしまっているなら、なおさら次の旅には連れて行くわけにはいかない。」
 「どうして。」

 鋭く反語が飛ぶ。

 「ローランは道中見たけれど、あそこにアラン一人でいくのは危険すぎる。僕も連れて行ったほうがいい。」
 「そういう問題じゃない。」
 「じゃあどういう問題なんだ。」

 アステアの強い反意を含んだ目線が突き刺さる。
 ローランへ赴くのは俺が捨てたものとのけじめをつけるため。俺自身の問題なのだ。捨てたもの……穢れの塊であるジャガンと接触させるのは避けたいという気持ちが強かった。

 「アステアには関係ない。」

 どうしてもそういう返答になる。

 「関係なくない。」

 かなり強い口調で制したはずだったが、アステアは臆さなかった。

 「アランはいつもそうだ。いつも一人で抱え込んでしまう。……僕は君の味方だ。僕は……アランの力になりたいんだ。」
 「戦闘ならアステアの力は頼りになると思っている。だが、今回は力を必要とするほどでもない。」
 「そうじゃない……!」

 つややかなドレスが握った拳で細かな皺を刻んだ。

 「そうじゃ、ないんだ。僕は……アランが心を閉ざしてしまっていることが悲しい。」

 心。アステアのそれは、無垢な信頼や情愛があってこそのものだ。
 俺は……

 「……難しい要望だな……。」

 洗いざらい話してしまえば楽になれることを知っている。だがそれは、今の俺にできることといったら伝えられる事実関係のみ。
 こと、俺の気持ちとなるととても抽象的で、アステアが望むような気の効いたコメントはできかねた。あるか、ないかの世界にのみ生きてきた弊害なのだろうか。
 アステアは俺から視線を外さない。このまま対峙していても結果は変わらなそうであった。

 ──アランの力になりたいんだ。

 何より……反芻する声に抗えない自分がいることに気が付いていた。

 「勝手にしろ。」

 背もたれを掴み引いて、交渉の茶会を後にする。
 後ろ手のアステアの表情はうかがい知れなかったが、包んでいた空気の質が変わった事だけはつぶさに感じ取れたのだった。
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