暁の虚城、宵待ちの都

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  エピローグ  


 少し黄味掛かった羊皮紙に、こまごまと文字が並ぶ。ざっと目を通し、問題ない事を確認してサインする。
 そして朱印。
 小脇に退けるとまた書類を山から引っぱり出す。そんな繰り返しを今日は丸一日続けている。

 あの日からいくらかの日の出と日没を繰り返して、俺はここ、ラダトームに落ち着く事になった。

 世界樹の件についてはあっという間に世界中に広まる事となったのだが、その恩恵たるや第二の平和をもたらした、と人々が言わしめるほどだという。
 一昼夜にして地図記号を変えた張本人については、少し変わった形で解明されることとなった。
 問題なく城を出立したと思っていたのだが、帰ってみれば俺達が勝手に抜け出していた、ということになっていたのだ。
 ……アステアは夜のうちに戻れるつもりでいたらしい。
 城中の重鎮たちが大騒ぎしていたのは言う間でもない。無断で出かけた上に、帰ってきてみれば日はとうに昇っており、おまけに傷だらけの当時女王と俺。そして世界樹が時を同じくして復活する。ここから演算して見事正解を導き出したというわけだ。
 それから先は、いろいろと身辺に変化があったわけなのだが……別にわざわざ口外するようなことでもない。断じて言わん。
 結果的に、現在の俺は書類にこう記すことになっている。

 ──ラダトーム國君主 アラン、と。

 今日は黙々とこの作業に没頭することになっている。

 「そろそろちょっと休憩を入れた方がいいんじゃない?」

 重厚な扉を開いて、やってくる。

 「この光景、いつかを思い出すね、アラン。」

 声の主アステアは、書類の山の合間を縫って埋もれる俺に茶を差し入れた。

 「……手伝ってくれればいいものを……。」
 「だって、今はもう、王様でもなければ秘書官でもないし。その机もすっかりアランのものになっちゃったね。」
 「……ぐ……。」
 「働かざるもの、食うべからずだよ。」
 「そのまま返したい……。」
 「内助の功です。裏方は私、妃の勤め。日々勤しんでおります、陛下?」

 アステアはいたずらな微笑を浮かべながら談話する。冗談をいいつつも、手は散らばった書類をまとめる作業をしていたりするだが。基本的に俺は現場作業は得意だが、まだまだ事務的な効率化はアステアの手を必要とすることが多い。

 「……助かる。」

 簡素な礼は、暖かい微笑みで返された。

 「じゃあ見返りといってはなんだけど、このところずっと根詰めてるし……午後は早めに切り上げて、お散歩にでも行こう?」
 「……善処する。」

 俺は、書類が風で飛ばないように文鎮を上から落とす。ペンはペン立てへ。印はケースへ。
 椅子に生えた俺の腰の根っこは引抜かれて、既に扉へと向かっている。そして、驚くアステアを振り返って問う。

 「で、どこに行きたいんだ。」

 アステアは一瞬苦笑しつつ、言った。

 「……アランとならどこへでも!」

 いつか、少年アステアを飲み込んだ部屋の扉は、今度は二人のシルエットを飲み込んで、静かに閉じた。

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