【短編】ささやかな冗談

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  ささやかな冗談  

「まあ座れよ」

客間に通されたアルスは、アランの勧めに素直に従った。
慣れた動作で椅子に腰掛けたアランを見て、ああ、すっかりここは彼の居場所になったのだ、とアルスは思った。

目的地はなくとも目的はある、そんなあてどもない旅をしているアルスだったが、こと友人に世継ぎが生まれたともなればどんな遠路であろうが駆けつけないわけがない。
もともと人情に厚い男は、地層すら隔たった地下世界、その中の中枢であるラダトームへと訪れたのだった。

「君は本当に周囲を驚かせるのが好きだな。」
「好き好んでそうしているわけじゃない。」

アルスは傍らに旅道具を置くと、相変わらず無愛想な戦友と言葉を交わす。
豪奢なソファに深々と腰掛けるアランに対して、座面の前半分に重心を置く形で中腰で軽く腕組みするアルス。
礎を据えた者と先を行く者が応接机を隔てて対峙する様は、動作ひとつであっても各々の月日の流れを如実に表していた。

「まさか双児とはね。しかも男女の。予想外だったよ。」
「これもルビスのおぼしめし、てとこか。」
「運命の道筋なんて、僕らには到底想像のつかないことだ。今は素直に喜べばいいんじゃないかな。」
「まあ、な。」

アランはすい、と視線をはずす。心無しか鼻面が上気したように思えたが、上手い事前髪の死角になって見えなかった。
それからしばらく、二人は談笑に華を咲かせた。荒廃した土地の復興のこと、関わった人々のその後の様子から自分自身のこと……専ら、大層な身辺変化があった張本人であるアランを促す形で、アルスが所々冗談まじりに話を展開させたりしているのだが。

「あ、あのな! そんなに俺をからかって面白いか!」
「君がちゃんと近況を教えないからだろう? まさか静養中のアステアのところに押し掛けて話を聞きだせ、なんて言うつもりかい?」
「ぐ……っ。それは……。」

押し黙らせられたアランを見て、アルスはまた小さく笑いの粒を零す。
双方ともに堅物なところがあるが、アルスはアランにはない、どこか憎めないごく自然な掌握術を持っている。
このままではアルスの思う壷──プライドの度合いではアルスより上のアランは、何とかしてこの流れをこちら側に戻そうと足掻いた。

「俺の近況など、その辺にいる女官にでも聞き出せばいいだろう。勇者アルスから話し掛けられれば3割増ぐらいで教えてくれるだろうよ。」
「相変わらず憎まれ口だなあ。」
「だれがそうさせてるんだよッ! ……それはそうと、お前の目的のものは見つかったのか?」
「残念だけど、まだ。」
「紋章が自ら居場所を教えてくれればいいんだがな。時間はあるんだ。いずれ見つか……」
「そう、それだよ。」

珍しくアランが不器用な冗談を言ったのを遮って、アルスはずい、と身を乗り出した。
反射的にアランは仰け反り、小さな天然記念物はフェードアウトしていった。

「紋章探しに役立ちそうな噂を耳にしたよ。」
「役立ちそうな、噂?」

真剣な面持ちのすぐ後を追って、アルスの口唇がつと動いた。
この時点で気がつくべきだったのだ。両者の、力関係を。

「なんでも、紋章に呼応するアイテムがあるらしい。」
「なんだと。そんなもの、見た事がない。」
「僕もだよ。だから噂なんじゃないか。それが「物」なのか、「気」なのか、はたまた精霊の類いなのか……それも分かってない。」
「そんな絵空事、手がかりもないんじゃ意味がないじゃないか。」
「名前だけは分かってるんだ。」
「ないよりましな情報だな。なんだ、その名称は。」
「……『王女の愛』、だよ。」

なんだって、とアランはまた目を見開いた。
アランが次の言葉を発する前に、アルスは矢継ぎ早に捕足説明に入る。

「王女というからにはやっぱりどこかのお城のお姫さまが関係してると思うんだよね。しかもロト関係のものとなれば、大分絞られるかなあ、って。」
「ま、待て、現物がどういう代物か分からないんだろ?」
「だからいろんな可能性を押さえておくんじゃないか。」
「それはそうだがまさか……」
「たしか、双児って「男『女』」だったよね?」
「!!!」
「もし可能性がドンピシャだったらお嬢さんお預かりするよー」
「ば、バカいってんじゃねえーッッ!!!」

この時点に至って、アランは流れが完全に元からアルスに優勢だったことを悟った。
椅子からいきり立ってからアルスが大爆笑しているのを見て、また冗談にまんまと乗せられてしまったことを知る。

「おまえなあ!!」
「冗談だよ冗談、あっはっはっはっは!」

部屋中に相反する二つの声が反響する。

「どうしたの、そんな大きな声を出して。」

満を持してオチの扉を開いて顔を出したのは、アステアだった。背後には、産着にくるまれた双児の片割れを抱える乳母、アステア自身は──アステアによく似た緋色の細い髪を持つ女児、アニスを抱えていた。
この偶然の二段構え、彼等が第二波の反応を示したことはいうまでもない。

「あ、アステア。アランがね……」
「言わんでいいッッ!!」
「二人とも静かにして! アロスとアニスが泣き出すから!」

ささやかな同窓会は、始まったばかりだ。
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