小説

▼総合目次

  【短編】交換条件  

足下に、唸る獣に似た呻きをあげる塊が転がった。
肉体より溢れんばかりの血気を漲らせていたそれらは地に這いつくばったまま、颯々とあおり位置になった逆光の影をめいめいなめし見る。
散々に打ちのめされた男達は、こんなはずではなかった、と、後悔と土の味を堪能するほかなかった。

「こんな年端もいかない子どもに……。」
「なさけねえ……。」

上がった息の合間に挟み込まれた本音が、更に敗北感を掻き立てた。
言葉を紡ぐほどの回復が機になったのか、それまで無言で事後を観察していた逆光の影が動いた。

「この辺りもすっかり物騒に……こんな城に近いところに盗賊が出るなんて。」
「?! て、てめえ……」
「てめえじゃない。アステアという名前がある。」

太陽が一瞬だけ厚い雲に隠れ、それまでコントラストの影になっていた「元獲物」の顔が露になる。
それまでただの「その日の糧」としてしか認識していなかった盗賊共は、思わぬ力量を見せつけられたショックの最中、プラスして、この瞬間に補足された情報はすっかり戦意を喪失させられるに十分に値した。

「おまえ……じゃない、アステアもどうせ俺等から巻き上げるつもりだろうよ。早いとこ始末してくれ。」
「……。」
「どうせ見逃してもらってもどっちにしろのたれ死にだ。」
「……。」
「しかも年の半分もいかないような女の子にやられた、なんて、盗賊家業の看板はもう出せねえ。この世界、情報の回りが早いんだ。情けがあるなら早くしろ。」

盗賊達は口々に諦めのセリフを吐き出した。
最後の要望は、盗賊のリーダーによるものだった。

アステアは自分が襲われたにも関わらず、ましてや返り打ちにしてしまったのであるから、本来であれば強者の権利を振りかざしてもいいはずだったが、盗賊達の投げた言葉に対する反応は全く正反対のベクトルに向かった。

「私は君たちのような盗賊じゃないし、命を取るつもりもない。金品も。」
「このまま転がしておく、ってえのか。この生きるか死ぬかの時代に、なんともおめでてえ。」
「黙れ。」

鋭い牽制に、ちゃちな合の手が止む。

「生きるか死ぬか、なんて……言われなくても……。」

呟きと共に、視線が踏んできた荒い道の先に霞むラダトーム城をなぞった。そのシルエットは、本来規則正しい直線と曲線で構成されているはずのものではなく、無作為に崩された残骸のように見えた。

「じゃあ、どうするってんだ。」
「……どうしても交換条件が欲しいらしいね。」
「生き恥を晒させるつもりか。魔物が平気でうろうろするようなところで、今から真っ当に商売でもしろっていうのか?」

盗賊達が思い思いに自虐している間、アステアはそれを眺めながら逡巡していた。逡巡に終止符を打った時、「分かった」と一言吐き捨て、掌を頭上高くに掲げた。
呪文によるエネルギーの高まりと、またもや雲間から覗いた太陽の逆光によって強い影がアステアの前身頃を支配してゆく。

そして口から発せられたのは……回復魔法であった。

「?!」
「だから、私は殺生をしたいわけじゃないんだ。」
「また襲われたいのか、お前は。」

驚きと苛立ちがないまぜになった混乱が、盗賊達の思考を分解する。

「また返り打ちにするだけだよ。それと、私は「お前」じゃない。」
「……。」
「交換条件、だったね。じゃあ、お願いがある。」

想定外の流れに、もはや受け身になるしかないことを盗賊達は悟った。

「むやみに人を襲うぐらい強さを持て余しているなら、城下町の護衛にでもなりなさい。あそこにはまだ、街の人が少し残ってるはずだから。」
「おいおい、この辺りじゃ俺等は盗賊として顔が割れてる……。」
「これを、街の上役に見せればいい。」

アステアは外套の内をまさぐると、小振りのスティールを取り出した。

「この聖なるナイフには家紋が入ってる。これを見せれば大抵斡旋は通るから。」
「なん、だって?」
「盗品と思われても困るかな。直筆の書類もつける。売りたければ売ればいい。それなりの足しにはなるだろうし。」

いうないなや、またもやどこに仕舞ってあったのか、手早く紙と携帯万年筆を取り出すと、あっというまに「斡旋書」を作り上げてしまった。
違う意味で「勝者のわがまま」を突き進むアステアを止められるものは誰一人としているはずがなかったのである。盗賊達は干上がった湖面に浮かぶ鯉のように、口をぱくぱくさせるのが精一杯であった。

「ちょっと待て……この紋様……ラダトーム王家の……!!」

辛うじてこの異様な状況の端に踏み止まっていた頭目が、受け取ったナイフの意味を拾い上げた。

「まさか、アステア、とは、王家第一息女のアステア?!」
「……。」
「い、生きてた、のか……!!もう、竜王のやつらにやられたものだと……!!」
「そう、騒がないで。」

盗賊達に一気に広がっていった喧噪と若干後ろめたさを含んだ歓喜が、アステアの周囲を囲む。盗賊とは言え、「魔物におびえる人間」としてこの謎めいた少女の正体を再評価するのは当然のことといえた。
喧噪の集団を遮るように、アステアが頭目一人に絞って交換条件の続きを始めた。

「もう一つ、お願いがあるんだけど。」
「な、なんでしょうか?!」

すっかり毒気を抜かれてしまった頭目の声は妙に裏返った。

「やっぱり……まだ「ばれる」みたいだし。」
「?」
「少しの間だけ、レクチャーして欲しい。」
「な、なにを、ですか???」
「私が、女だとばれないような「言葉遣い」。」

せっかく言葉遣いが相応になったのに、と、頭目はじめとした盗賊らが思ったのも、当然といえた。
予想外のハードルの高い交換条件に対して一斉に頭を抱える事になったのはいうまでもない。

「よろしく。」

アステアは通過儀礼を見事にこなしてみせた。



──そして数年後。
この盗賊らはレジスタンス上層部になるのである。
▼総合目次
 

powered by HTML DWARF