【短編】ロミ男とジュリ夫、と妹(アラアスチャットの副産物)

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  【短編】ロミ男とジュリ夫、と妹(アラアスチャットの副産物)  

「やめてください……!二人が争う必要は何もないはず……!」

空風吹きすさぶ荒野に、若い女性の声が響いた。
波打つ青草は、退治する二人の男の間を無機質に駆け抜けていく。

「問答無用。兄として、こやつがお前にふさわしいものか、見定めなくてはならない。」
「杞憂に終わると思うがな……。」

風の流れと相反する対峙の空気が、その場の逼迫感を如実に現している。
二人の間を線とした三角形の頂点に立つ女性、アステアは、手出ししたくともかなわない圧倒に、ひたすら言葉による抑制を試みるしかなかった。

「アステアが好意を寄せる相手に刃を向けるのは忍びないが、このアロイスを越えずして認めるわけにはいかないのだ。分かってくれ。」

視線は対峙する相手、アランを刺したまま、静止の声をあげる愛妹の懇願にぴしゃりと終止符を打った。

「ふん、御託は結構だ。つまり、認めたくないんだろう?」
「口だけは達者なようだな。」
「アステアは、頂いていく。」
「へらず口を……。」
「二人ともやめて……!」

この会話をして、アロイスとアランの真剣勝負の火蓋は切って落とされた。

草の波を一瞬乱して、アロイスとアランがほぼ同時に地を蹴った。
鞘に納まっていた白銀の刃が、計ったかのように同時に白一線を描く。
はぜる金属音は一瞬のつばぜり合いで瞬結し、互いの反動によって半歩の間合いを取った。
流れるような動作で踏み場を作ると、アロイスは詠唱なしの呪文を駆使した。

「ライ、デインッッ!」

近距離から放たれた電光は、通常の電撃滞空時間を優に短縮した。

「ア、アランーーッッ」

同時に起こるアステアの悲痛な悲鳴。耳鳴りするほどの雷轟が反響している。

普通の剣士であれば、剣の一撃のあとにすぐさま魔法を使うことはあまり想定しうることではない。意表をついた攻撃パターンは、アロイスの計算では決着を早める手段のひとつであった。
ライデインの穿たれた地面からはもうもうと粉塵がけぶった。

「この程度、か。アステアにふさわしくない……」

アロイスがそうつぶやいた刹那、けぶっていた白煙は横一線の風によって切り裂かれた。

「だれが、この程度だって?」

アランの剣によって横一線に凪いだ突風が、すべての砂塵を振り払った。

「伊達に場数は踏んでないんだ。踏み込む前に魔法障壁ぐらい保険はかけておく。」
「ふむ、頭脳戦もいける、というわけか。」
「今度はこちらの番だ。」

アステアがほっとした表情を浮かべたのを横目に視認して、アランは即座に臨戦態勢へと移行する。

「絶対に、負けられんからな……」

つぶやきは、風の音にかき消された。
直後私情をもかき消したアランは、自身の得手とする身のこなしを最優先にアロイスに肉薄する。
白刃が織り成す拙攻の火花。物質が瞬速を得ると、もはや常人には刃先は残像となって追うことのみを許される。

アランがここまで限界を駆使することに、目で追うことだけを許されたアステアは心の臓をつかまれる思いだった。
防戦一方の兄の身を案ずる思いと、かつての強大な敵に向かったときにしか見せ得なかった思い人の真摯さの間で揺れ動くのである。

「お兄さま……アラン……!」

二人の名を小声で搾り出すアステアは、この剣戟の時間は途方もなく長く感じている。この壁を越えなければいけない、ということも、聡いがゆえに目をそむけることもできない。

無言の剣戟は、ふとした表紙に一気に決着がつくことになる。
不規則に凪ぐ風がもたらした、両者への分岐点。
踏み場を確保するのは剣士としての最優先事項だが、風がもたらした「草地の規則性」が運命を分かつことになる。

「……!!」

鋭利な切っ先が捕らえたのど元。

「勝負、ついたな。」

勝者の勝どきを上げたのは、アランであった。

「踏み場の流れが変わるとはな……ルビス様はお前に微笑んだ、というわけだ。」
「……。」
「普通ならまったく見過ごすぞ、この程度の踏み込みの甘さは。」
「普通じゃないのが、お望みなんだろう。」
「ふん、かわいげがないな。」

切っ先がごく自然に下げられ、アロイスもそれが当たり前であるかのように対峙相手に背を向ける。

「……今回は戦闘の手腕だけだ。認めたのは。」
「直そうもいえなくなるだろう。」

アロイスはそのまま振り返ることなく、草地の向こうの自城の方向へと歩んでいった。
固唾を呑んで始終を見守っていたアステアは、兄とアランを交互に見る。
兄の背中が語るのは、拒絶ではないことを、生きてきた時間のほとんどをともにすごした妹は感じ取った。

「お兄さま……。」

ありがとう、の言葉は、アステアの胸中に落ちていった。
歩みを止めない兄もまた、それを無言のまま受け取っているに違いなかった。

やがて、勝者が安堵のため息をついたのを感じ取った勝利の女神は、足早に駆け寄って腕一杯の抱擁という名の褒章を授けたのだった。
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