ロト紋好きさんに30の命題より

| | 目次

  18. 王  

 ところどころにペン圧の書き跡が走る重厚な文机を占有するようになってから、幾許かの年月が経っている。時には謁見の間で一日過ごす事もあるが、仕事はそればかりではない。存外にやることは多いのだ。
 あと数年もすればこの仰々しい文面と顔を付き合わせることもそんなには多くなくなるのだろうが、今だこの国は細かいところで応用というものが固まっていないことも多い。
 とはいっても、世界が平定してすぐに再建に当たった明晰な女王が、そのほとんどの仕様書的なものを築き上げてしまっている。俺の当面の仕事は、その仕様書を軸に現場状況に照らし合わせて実務実益レベルに押し上げることだ。
 理論的に可能であっても、机上の論、になってしまっては水の泡である。現在のラダトームにおいては、計算だけでは追いつかないことも往々にしてあるのだ。
 軸となる仕様書は、専門家に言わせれば「美しい」ものなのだそうだ。文字列の羅列に見えるようで、それらは一部の隙も見せない順序立てと帰結によって成り立っている、と。
 周りの評価もしかりであるが、アステアの物事の構築の速さと鉄壁さは評価している。なにより、この俺自身がこの身を持って体感しているのだ。
 今は休みを貰っているアステア曰く、

 「アランは現場の人だよね。あれこれ予測して予定表を作るより、その場その場で応変する性分。机におとなしく向かってるのが不思議なくらい。」

 だそうだ。
 最初「お手本」を参考にしている民も、いつしか独自のやり方で営み始める時期が来る。それがちょうど王位交代の時期とも一致したらしく、そういった意味でもアステアとの引継ぎは絶妙なタイミングといえたのだろう。計算が主軸のアステアにとって、規格外の要望はいささかストレスに感じるかもしれない。人には得手不得手というものがあるのだ。もっとも、今のアステアに「ストレス」というものは無縁であって欲しいものの筆頭にあがるのだが。
 そして現在はというと、仕様書には記されていない予測外の政も当初より増えている気がする。それだけ営みが活発になっている、という表れでもある。
 いつものように陳情書に目を通していると、定刻に書簡を届けられた。
 また新しい陳情書が積み上げられるわけなのだが、中には「お礼状」というものが入っていることがある。ほとんど遠出が適わない身では、荒れ果てた村々が立て直されていく様を実感できる数少ない機会である。最初にお礼状を受け取ったときは、自身の内の高揚に戸惑いを覚えたものだ。
 執務室に誰もいないときなどはどんな表情をしていようが構わないが、運悪く執務官がその場にとどまっていたりすると、俺は高揚を悟られまいとして画策してしまう。、実際には書面を睨みつけているように見えるようで、勘違いをした執務官は慌てて退室していったりするのだ。つっかえながら退室の意を告げられた時にはたと気づく。今日も、やってしまったようだ。
 執務官と入れ違いにアステアが部屋へと入ってきた。

 「今日もすごい書類の量だね。……手伝えればいいんだけど。」
 「いつものことだ。気にするな。」

 文机にこんもりと盛られた紙の束を確認して、アステアは苦笑した。と同時に、俺の手に広げられている書面に気づく。

 「それは?」
 「礼状、というやつだ。」
 「わあ。今日はどこから来たの?」
 「今日は……」

 お礼状、というものが届き始めて、かれこれどれぐらいの数にのぼるのか。喜びを綴った文面らは、地下世界に思った以上の村々が復興し、点在していることを物語っている。
 アステアも地下世界が復興していくのが嬉しいらしく、書簡が届くと俺と一緒に目を通しては、驚きや喜びの顔つきをくるくると変化させている。
 今日届いた礼状は、建築を主軸として営む村からであった。
 この礼状でふと思い出す。最初に届いた礼状は、かの北の廃村に近しい廃材再生の村からの書簡であった。
 当時顔も知れない旅人として受け入れたかの村であったが、さすがに王位についたとなるとその正体は明白なものとなる。廃村の事件解決の件と、復興に関する礼の文言が、書面からはみ出す勢いで綴ってあった。
 ──あの時の酔っ払い達は、俺がアステアの隣に納まったと知った時どんな顔をしたんだろうな。

 「一人で笑って……どうしたの、アラン。」
 「いや、なんでもない。」
 「……変なの。」

 いぶかしむアステアに、俺はまた言ってやった。お前は民に大人気なんだ、と。この約半年後には、きっとまた山盛りの慶事書簡が届くのだろう。
 その中に、ふぁんくらぶとやらの差出人を探してみるのもおもしろいかもしれない。
| | 目次
 

powered by HTML DWARF