11-11

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  11-11 after,side ARAN|後編  

逃げ出したアステアを追尾するのはそう難しいことではなかった。
大体にして、城内で身を潜めるところなど相場が決まっている。使用人が常時うろついている場所の方が圧倒的に多いのだ。部屋を出たときには、アステアの所在先に既に何箇所か目星はついている。
案の定、アランが頭の中で目印をつけていた場所の中で有力候補上位のその場所に、うずくまって微動だにしないアステアの姿があった。時折吹く風が、髪と衣服の裾をたなびかせている。

「植え込みの影に隠れても裾が見えてるぞ。」
「……!」

息抜き、考え事、その他のプライベートでよく立ち入る場所、プライベートガーデンは大広間ぐらいの広さ。両手を広げてもそれが障害物になるとは到底思えない空間の隅の隅に、かりそめの隠れ家を築いていたアステアは驚いた。
いずれ見つかるだろう、と淡い期待と諦めを胸中に抱いてはいたが、ついの先であっさり突き止められたことに動揺し、そして今抱いている感情もさらに揺さぶりを掛けられた。

「ど、どうしてここが。」
「あのな、俺だって城の構造ぐらい知ってる。」
「それは、そうだけど……。」

アステアはひざを抱えたまま、顔を少しだけ傾けて伸びた髪の隙間からようやく片目だけが見えるような姿勢で上から見下ろす追跡人を見た。
アランは真正面に回りこむと、しゃがみこんだままのアステアと同じ目線の高さにひざを折る。

「別に怒ったりしてない。顔上げたらどうだ。」
「……拒否。」

そういうと、アステアはまた発見したときのように、ひざの屈伸でたごまったスカートの海に顔面をうずめてしまう。
風が薙いで背後の花咲く植え込みを揺らした。色とりどりに咲かせた花首が、アステアに同情するかのようにさんざめいて上下左右に頷く。

「だって」と、スカートにしみこませるようにくぐもった声が訥々と紡がれる。

「だって……あんな「コイビト」がやるような真似事……似合わないよ。」
「……。」
「しかも、あんな子供っぽい細工までして。」
「まあ、確かに子供っぽいな。」
「うう……。」

アステアの丸まった背中が、さらにスカートの海に浸かった。
表情をまた拝むには、魔法の鍵を使ってもこの鉄壁のスカートの檻の前では歯が立たないのかもしれない。そして、アステアが発した「コイビト」の単語は、自分らと周囲に多少の高低差を感じるアステア自身の感情の起伏なのかもしれなかった。

「子供っぽいのが不満なのか。」
「……。」

普段はアステアの方から話しかけることの方が多い二人であり、アランからアステアにたいして言葉のアクションをかけることは珍しいことだった。
そういった前提があって、アステアが無言の守り体制に入っていることに、アランは一つ嘆息した。
それがスイッチになったことに、檻に捕らわれるアステアは気づかない。


「あ……っ」

真っ暗な檻の中で閉じこもるアステアは、突然の外界の光に不意を突かれた。
アランはアステアの耳の脇から両のあごへ手を差し入れると、そのまま後ろ首を始点にして強引にアステアの顔をスカートの海から引き上げる。
海から上がった顔は、幾筋かの跡を残していた。

「子供っぽいのが不満なんだろ。」

一度白い世界が広がった視界にアランの深い蒼の瞳が迫る。自身の瞼で暗転すると、アステアの形のいい唇が徐々にふさがれた。

「……んっ……」

暗闇の中で、自分のものではない動きが割り入る。耳朶付近を力技で締め付けていた片方の手のひらが、流れる髪の中に滑り込んで、アステアの後頭部をなでるように支えた。
口内に、ポッキーの甘味の残響が広がる。

時間にして寸刻。
アステアが仕掛けた時間よりも少し長いぐらいのアランの懐柔は、既にへたり込んでいるアステアをさらに崩れ落ちさせた。

「これで満足か?」

アランは支える手そのままに、アステアを解放する。

「……これだから天然って厭なんだ。」
「そうか。悪かったな。」

アランがアステアの手を引いて揚々立ち上がらせる。アステアは少しうつむきながら問うた。

「ポッキー、まだ、ある?」
「ちょっとだけならな。」

二人は来たときの道を引き返す。
また植え込みの花首が揺れた。

<了>
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