【短編】黄昏の鍵

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 主を失った王者の剣は、人工的に造り出された緑みを帯びて反射光を鈍く照り返した。
 即席寄せ集めで造られた柄置きが、傷一つつかない鏡面仕立てのフロアの上で唯一懐古的に浮いている。摩擦抵抗が極端に低い床面の上では剣を立て掛ける事が適わず、機転を利かせた飛空挺のクルーが武器庫から間に合わせを見繕った。
 剣は人工的な光の源に寄り添うように、その影を落とし続けている。
 鏡の床に映るのは、王者の剣と、回復ポッドと呼ばれる失われた遺産。生体テクノロジーの結晶は、時を超えて再びその機能を復活させていた。
 ポッドを満たす液体は必要な養分を含んで絶えず循環し、羅患者をぎりぎりのところで生き長らえさせている。
 今その内で遺産を享受している精悍な肢体は、高度な医療技術を施されているにも関わらず鑞人形のようであった。揺らめく黒髪が生身であることを僅かに主張している。

 抑揚のない機械達が幅を利かせる真夜中のフロアに、自動航行する飛空挺の静かな唸りが膜を張る。

 人工音が静かに響くホスピタルルームに、人影がするりと割って入った。
 影に連なる履き慣れた革靴が音もなくポッドに近付いていく。

 「アラン……。」

 真夜中の訪問者は液体で満たされた円柱のすぐ手前で止まると、中でたゆたう肢体に小さく呼び掛けた。

 「意識が戻らない、か……。」

 反射光の影響で複雑な色味になった緋色の前髪の奥で、蒼眼が薄く歪んだ。

 「タオ導師は生命維持だけはなんとかできる、と言っていたけれど……。」

 静かに訪れた影、アステアは、後に言葉を紡ぐことをやめた。
 アルスのいう「世界樹の葉」に希望の糸を繋いではいるが、不意に去来する不安も偽りではない。言霊にした途端、それが一気に現実味を帯びるような気がして、つぶやきを取り消すように瞑目する。

 「君の口から『大丈夫』っていえばいいんだ。皆、心配してる。」

 再び見上げたアランは、来た時と同じく鑞のまま何も言うことはなかった。
 アステアは緩く嘆息する。
 ポッドの前から離れようとした時、ふと主に寄り添う王者の剣が目に止まった。

 「……寂しいか?」

 剣が応えるはずがない。理解している。
 しかし剣は、現実主義のアステアに問いかけさせるだけの存在感を纏っていた。
 冷たい空間の直中で、持ち主に変わって主張したのかもしれない。

 「早く、有るべき場所に戻れると、いいな。」

 使い込まれた剣の柄を、なでるように傷だらけの指が滑っていく。
 と同時に、アステアはアランが昏倒する前の出来事を思い出していた。


(後編につづく)
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