【短編】黄昏の鍵

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  − 後 編 −  

 「お……っも……!」

 渡された物をあやうく地面に擦り付けそうになるのをこらえて、己が予想していたよりも割り増しで、握り手に力を込める。

 「意外と重量あるんだね……。」
 「そうかな、あんまり気にした事ないけど。」
 「もっと軽いものだと思ってたよ。はい、ありがとう。」

 アルスから手渡されたレプリカのロトの剣を返した。アステアは手から剣が無事離れたことを見届けると、内心ほっと胸をなでおろす。

 「大事なものなのに、気安く触って悪い。」
 「これぐらいいよ。気になってたみたいだし。ラダトームにはロト系統の武具はないからね。僕のはレプリカだけど……。」
 「謙遜することはないさ。神の意思が宿っている武具なんてそうそうあるもんじゃない。誇っていいことだ。しかも自分の手で鍛錬したんだ。思い入れも強いんだろう?」
 「うん、僕にとってはかけがえの無い剣だ。そういってもらえると嬉しい。」

 そういって、アルスは手馴れた手つきで抜き身の剣を鞘に収めた。カチン、と小気味いい音が小さく響く。

 一度に大勢乗り込んだ飛空挺は、秩序が落ち着くまでに幾許かの時間を要した。
 ちょっとした混乱が収まるまでの少しの時間、人ごみでごったがえす中央ロビーにまぎれるのを避けて、アルス、アステア、アランの三人は船べり近くに陣取った。
 三人が一同に揃うのは実にジパング戦以来で、その頃から知った顔であり目的を共にしていたアルスとアステアは自然に投合している。
 アルスはこれまでのいきさつを、アステアは地下の状況と別行動中に得た情報を交換しつつ、互いが健在であったことを素直に喜んだ。
 三歩半離れて、アランはその様子を見るでなく、流れていく外の景色を眺めている。
 
 一同に集った、といえども、アランだけはあの時と立場も状況も変わりすぎていた。
 呪縛から放たれた瞬間を目の当たりにしているアルスやケンオウ一行らは説明されるに及ばないが、ついこの前まで半ば仇に近かったジャガン≠オか対面したことのないアステアなどは、きっとこの貴重な空き時間を活用でもしないかぎり自然な振る舞いで平等に声がけすることは難しい。
 結果、アランは沈黙を選択し、アルスは自然体のまま、アステアはめまぐるしく変わる状況を把握するに努めた。
 武具の話題になったのも成り行きで、戦いに身をおいている今、興味がわいてもなんら不自然な事ではない。
 
 「多分、アランのロトの剣も同じぐらいだと思うよ。」

 アルスが続ける。

 「多少の重さの違いはあるかもしれないけど、素材は同じオリハルコンを使ってる。」
 「奇跡の金属、ってやつだね。」

 呪文主体かつスピード重視で戦うアステアにとっては、剣や防具はマイナス補正になりかねない。
 実際にこういった最上位に値する武具に触れることはめったにあることではなかった。

 「羨ましがるだけ無駄だ。やめておけ。」

 今まで興味がなさそうに見えたアランが割って入った。背中側に窓枠がくるように体勢を直して壁にもたれかかる。

 「どういう意味だ。」
 「どういう意味も、言葉の通りだが。」

 もっと穏便にはじめるはずだったアランとアステアの邂逅は、にわかに雲行きが怪しくなり始めた。

 「覚醒したって聞いたけど、中身は変わってないな。」
 「お褒めに預かり光栄だ。」
 「ア、アラン、アステア……。」

 最悪に近い幕開けにアルスはなんとかこの場を収めようとするが、とっさに出たのは苦笑である。

 「別にあてつけで言っているわけじゃない。お前が一番解ってるんじゃないのか?」

 険悪な雰囲気は、アランがまた外の景色を眺望しはじめたことで一方的な終わりを告げた。
 どうしたものか、とあぐねていたアルスがひそかにため息をついて、アステアだけに聞こえるようにつぶやく。

 「アランは別に悪気があるわけじゃないんだ。僕もときたまアランの胸中がわからないし……気にしなくていい。」
 「あ、ああ。」

 慰めとも説明ともつかないフォローを受けて、アステアは引き下がる。
 場を仕切りなおしてもまた元の話題に戻ったのはささやかな抵抗だったのかもしれない。

 「そうだ、そのロトの剣だけど、二つ名があるそうだね。」
 「さすがによく知ってるね。うん、本来の名前は「王者の剣」だ。」
 「数多の敵を伏せて頂に立つ剣、と聞いた。持ち主はそれに見合うものしか選ばれない、とも。」
 「はは、結構物騒だけど……ね。由来はそうだよ。アステアも短剣を持っているけど……」
 「ああ、これは確かに物としてはいいけど、特にそういった伝説を受け継いだりはしていない。」

 腰元から控えめに突き出している柄をそっと握る。

 「もし名前をつけるとしたら、なんと付ける、アルス?」
 「そうだなあ……。」

 斜め上に視線を傾けて考える姿は、とても剣の使い手とは思えないあどけなさである。
 ふと漏らした本当のアルスに、アステアは微笑した。

 「ラグナロク、とかじゃねえのか。」
 「また、アラン、君は……!」

 首から上だけをこちらに向けて、アランが突っ込みを入れた。

 「第一ラグナロクは短剣じゃないし、意味だって不吉だ。時と場所を選べ。」
 「ア、アステア、落ち着いて。」
 「「世界の終焉」を意味するものを持ち出すなんて、どうかしてる。」
 「おいおい、俺だって当てずっぽうで言ってるんじゃないぜ。」
 「じゃあなんだっていうんだ。」

 アステアはギッ、とアランを睨み付けると、一気にまくし立てた。

 「俺とアルスが一騎打ちしたとき、お前どうやって現れた?」
 「な……? け、結界を破ったけどそれがどうかしたのか。」
 「ラグナロク──伝説の宝剣といわれる黄昏の鍵は、神々の争いで暗く垂れ込める雲間を破って現れたという伝説もあるらしいぜ? お前にそっくりじゃねえか。」
 「本当かどうかも分からない出所不明な伝説なんて信じられるか。第一、たしかそれは本来剣の名称じゃないだろう。」
 「アラン、冗談もそれくらいで。アステアにそんなに突っかかるなよ。アステアも。」

 見かねたアルスが仲裁に入る。アランは悪びれる様子もなく、ついでに軽く鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
 アステアの憤慨は刺さるような睨みになってアランに向かう。

 「……まあ、ラグナロクも捨てがたいが……ヴァルキュリアってところだな。」

 アランの焦点は床に定まったまま、皮肉っぽく口の端をもたげていたのがすっと真顔になった。

 「まあ、どちらにしろお前が長剣を持つのは無理だ。援護に集中するんだな。」

 反動をつけてもたれかかっていた壁際から身を起こすと、アランは大分空いてきた中央ロビーへと消えていった。

 「……。」
 「アステア。」
 「大丈夫。ごめん、声を荒げたりして。アルスに気まずい思いをさせた。」
 「いや……。さあ、僕らもそろそろ行こうか。皆も待ってるはずだ。」

 既に見えなくなったアランの後に続いて、二人もその場を離れた。


 ──ヴァルキュリア。
 ──戦乙女にあやかった──。

 「まさか。偶然だ。」

 アステアの独白は、喧騒にまぎれた。
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