【短編】【企画】おえかき掲示板投稿作品に勝手に小説をつけてみる試み

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  *さんのイラストより|アラアスかもしれない  

「待って! 待ってお兄様……!」

手を伸ばせば届きそうなのに、走っても走っても納得のいく距離感は得られなかった。
息せき切る私を、兄はただ微笑んで眺めるだけ。
距離は縮まっていないはずなのに、一挙手一投足動いていないことが「これは夢なのだ」と判断させる。
それでも、私は兄を追いかける。

「お兄様、待って、待ってください……!」

しつけられたようなオウムのように、同じ言葉を繰り返す。
もしかしたら、大きな声なら聞こえるかもしれない、という一縷の望みがまとわりついて、いつ終わりを迎えるのか分からない。

幻でもいい。もう一度、話したい。

──頬を伝う筋のリアルな感触が、幻の世界からゆっくりと浮上した。

「……どうした?」

伝った跡に追って来た冷たさを拭い去るように指の腹がさらった。
まどろむ意識がようやく元に戻りかけて、ここが死んだ兄の部屋であったことを思い出す。
当時のままのソファの上で、私はいつしか転寝をしていたらしかった。
なかなか戻らない私を探しにここへたどり着いてみれば、眠りながらこんな状態だった、という。

「もう大丈夫だと思ったんだけどな。」

けだるかった体を起こして、さもなかったことのように己の手のひらの腹で痕跡を拭い去った。
迎えに来たその人は何も言わず、大きな手を私の軽く頭の上に乗せて、離した。
漆黒に近い蒼い眼は、何もかも吸い込んでしまいそうに感じる。

「話せる様になったら、話すよ。」

そういって、埃っぽいじゅうたんをしっかり踏みしめて立ち上がった。
彼はただ、いつものように「そうか」と返した。

白っぽい部屋が色を取り戻すまで、私が立ち止まることはない。
──たまには、手を引かれながら。
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