01. 旅立ち
世に平和が訪れて、人々は活気を取り戻し、荒れた大地は生命を息吹いている。萌葱色の草木に彩られた庭、上を見上げれば白いカーテンが風に吹かれ、高いテラスの窓を彩っている。
窓の奥はこの建物でも特別な場所、王の部屋。部屋の中では普段あまり開けない衣装箪笥が控えめに開かれている。薄汚れた白い外套、目立つ髪を隠すための襞垂れのついた帽子、大地を翔るための短いスラックス──。数年もの間、一番お世話になった旅の装束一式はそれらの成長を見届けて、綺麗に畳まれ、小箱に封印されていた。
「袖を通した時、緊張したっけ……。」
誰もいない一室で、私、アステアは一人ごちる。人から見れば変哲のない旅人の服でも、所有者にとっては何者にも変え難い代物。さまざまな想い、不安、悲しみ、希望……戦乱の記憶が、糸の一本一本にまで折り込まれているような気さえする。
「この箱も、もう開けなくなるんだろうな。」
不意に、後ろから低く声が響く。
「アラン。……気配がないから、吃驚した。」
「ふらっといなくなるから、こっちこそ吃驚した。……どうした。」
「うん、ちょっと。確かめたくなっちゃって。」
戸に寄り掛かるアランに、心配を掛けた事を詫びる。
「これをみて、思い出してたの。私達の場合、普通の恋愛、とはちょっと違うから。」
「……街の娘のようなものを望んでいたのか?」
アランは少し悲しそうな顔をする。それは無理な注文、ということを分かっているから。
そんなことないよ、とアランに告げて、箱は、そっと閉められた。
「そんな上辺だけの体裁なんかより、この関係の方がずっといい。」
「たまに、力比べをしたり、という関係がか?」
アランがようやく笑った。
「あんまりいじわる言うと、今度は手加減なしの修練に付き合ってもらっちゃうから。」
そういうと、私は箱を元の場所に戻して立ち上がる。床に広がっていたドレスの裾が、いつもより多めの衣擦れを醸し出した。
そこで、アランはここに寄った本来伝えるべき理由を私に告げる。
遠くで、祝福の鐘が鳴っている。
今日は、『二人の』旅立ちの日。