ロト紋好きさんに30の命題より

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  02. ケンオウ  

 「このままだと……まずい、まずいわ、キラ。」
 「あ、ああ……俺達をここまで手こずらせるとは思わなかったぜ。」
 「何もしないでいたら、二人とも共倒れになってしまうかもしれないわね。」
 「それは、まずいな……。ヤオ、何かいい考えはないか……?」
 「……! そうよ、あそこなら手がかりが見つかるかもしれない!」
 「あそこ? ……ああ、あいつか! あいつの所なら分かるかもしれないな!」

 剣の選ばれし者、キラと、拳を極めし者、ヤオ。
 二人は決意堅く荷物を手早く纏めると、こっそりと足早に出て行った。

  * * * 

 「……すっげー顔してんな、お前ら。」

 金髪碧眼、厚手のローブを纏った齢若き男。ここ、蜃気楼の塔の主は突然の来客を前に目を半開きにしながら出迎えた。

 「大丈夫か? いかにも憔悴、って感じだぞ。」

 ははは、と力無く、向かえられた客人二人は笑った。髪はぼさぼさに乱れ、目の下には立派な隈。心無しか頬にはうっすらと影が落ちている。

 「急に来ちゃって悪いな、ポロン。」
 「それは別に構わないけど……一体どうしたってのさ。一家揃って出てきて。」
 「いやあ……最近、息子のリーの夜泣きがひどくってなー……。」
 「そうなのよ。いろいろ頑張ってはいるんだけど……もう寝不足がひどくて、下手したら私達二人とも倒れそうなのよね……。」

 ね、と顔を見合わせながらお互いの共通意見を述べるキラとヤオ。母親ヤオの腕の中では寝不足の発生源だと指摘された、まだ赤子の息子、リーがすやすやと寝息を立てている。

 「んで、それとこれとに何の関係が?」
 「ここならたくさん本があると思って、育児を先人に習いに来たのよ。というわけで、ちょっと捜させてもらうわ。その間だけ子守りお願いね。」

 そういうや否や、ヤオはポロンにリーを預けて、蜃気楼の塔御自慢の無限書庫へと足を向けた。少しばかり足下が心もとない。

 「ちょ、ちょっと! ヤオ!」
 「何かあったらキラに聞いてー。なるべく早く戻るわー。」
 「えっ、ええー!?」
 「あんま大声出すなよ、ポロン。珍しくリーが大人しく寝てる。起きようものなら貴重な静かな時間があっという間になくなっちゃうぜ?」
 「ご、ごめん。いや、だって……!」
 「仕方ないだろー。俺やお前が育児書なんて見たって分かりゃしないんだし。」
 「……あるのかなあ、育児書なんて。」
 「あの酔狂な大賢者、カダル様の遺産だぜ?何があったっておかしかねえよ。」
 「そ、そうかも。」

 ポロンの腕に収まったリーが、大人達の声に反応した。

 「……げ。」
 「お、起きた……。」

 サーッという音と共に青ざめる大の男二人。頭だけ動かして顔を突き合わせる。寸分立たずして、反響音付きの泣き声が部屋一杯に広がった。塔は石壁なので相乗効果までついてくる。

 「だー! キ、キラ! ど、どうしようー!」
 「と、とにかくあやすんだ!」
 「つーか! 父親のキラがやってよそういうことはー!!」

 すったもんだの大騒ぎ。キラの不器用な子守唄と、ぎこちないポロンのあやしつけ。もはやコントである。キラとヤオ、どっちも魔力資質ないから魔法使えないんだよなあ、ラリホー意味ないなあ、育児の書でも編纂してやろうかなあ、などと、ポロンは混乱しつつ思った。
 賢の礎、大賢者ポロン。なのに事態は分からない事だらけだ。
 ようやくなんとか泣き止んだリーに、心から安堵する剣王と賢王。本を捜しに行った拳王はまだ帰ってきそうに無い。

 「俺らの大変さ、ちょっと分かっただろ。」
 「……身にしみて。大変だなあ……。」
 「ま、そんなわけで、少しばかり協力してくれよ。」
 「いいよ分かったよ。好きにしていいってば。……そのうち蜃気楼の塔が『保育の塔』なんて呼ばれそうな気がしてきたよ。」
 「あ、そういやラダトームのあいつらも同じような境遇だな。保育の塔なんかができたらあっちは双児引き連れて来るんじゃねえの。」
 「どへー。」

 とほほ、という半泣き半笑い。

 「ケンオウ寄れども、こどもにゃ勝てぬ、てか。」

 腕の中のリーの健やかな笑顔に、乾杯。かけ合わせて、完敗。
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