03. 守るべきもの(1)
「まあ、どうしたのその格好!」
居室の扉をそろそろと開いて入ってきた面々。顔は泥で薄汚れ、衣服は砂埃まみれ。手のひらやひざ小僧は擦りむいて、ところどころ血が滲んでいる。
我が息子アロスと、我が娘アニス。
数時刻前。この遊び盛りの双児達は、外に遊びに言ってくる、と言い残して意気揚々と出て行った。部屋から出て行った時は何とも無かったはずだ。
書きかけの書類の上にペンを置いて、しょぼくれる二人に歩み寄る。
「どうしたんだ、その怪我。」
子どもの目線は低い。しゃがんで二人の正面から話し掛けた。
同じような質問を父母、俺とアステアから受けて、子ども達はさらにもじもじしたり、顔を伺ったりしている。
「怒ったりしないから、言ってみなさい。ね。」
アステアは手持ちのハンカチでそれぞれの顔の汚れを拭きながら優しく促した。怪我の手当て用の医療品は、アロスとアニスが顔を見せてから寸分立たずに手配している。骨折や深い切り傷でも無い限り、回復魔法ではなく自然治癒力で治すように、というのが俺とアステアの方針だ。
「ほんとに、怒らない? お母様。」
と、アロス。
「ええ。お父様も怒らないわ。正直に話してごらんなさい。」
「……ちょっとだけ、外に遊びにいったの。」
アステアの説得に負けて、アニスが言った。
外、というのは、城と城下町の間にあるちょっとした街道のことだろう。塀と塀の間を繋ぐ道があるのだが、大人の足であれば五分とかからないほどの距離だ。
「アニスと二人で原っぱで遊んでたらスライムが現れて……」
「そしたら、ぶつかってきたりして、いじわるされたのよ。」
「ほう、それで。」
俺はなるべく穏やかに相づちを打っている。
「それで、最初は一匹だったから二人でおどかして追い払ったんだけど。」
「逃げてったと思ったら、今度は三匹になってもどってきたの!」
「ほほう?」
アステアがこっちを見た気がした。俺は穏やかに相づちを打っているつもりだ。
「それで、増えたスライムが僕達にまたぶつかってきて、一所懸命追い返そうとしたよ。」
「一匹ずつ私達にぶつかってきたんだけど、余ったもう一匹が私かアロスにいじわるするのよ。」
「アニスを助けに行くと僕の方が2匹になったり、」
「アロスを助けようとすると今度は私の方が2匹掛かりでいじわるされたりしたの。」
「ほうほう。」
大した害はないと思って放っておいたが、たかがスライムの分際で……
「アラン、顔が怖い。」
俺としては落ち着いて話を聞いていたはずなのだが、いつの間にか苦笑しているアステアに嗜められてしまった。
結局は、地元の子ども達がたまたま同じ場所に遊びにやってきた幸運もあって多勢に無勢でスライム達は撃退されたらしい。怪我の原因を突き止められて、アステアも俺もとりあえずは納得する。
「二人とも無事でよかったわ……。」
「まったくだ……。」
洗いざらい打ち明けたアニスとアロスは、心底申し訳なさそうな顔をして、ごめんなさい、と謝った。
「でも、偉かったわね。二人とも。」
「「えっ。」」
ずっと床とにらめっこをしていた二人は、思わぬ賞賛に驚いて顔を上げる。
「アニスはアロスを、アロスはアニスの事を守ろうとしたんでしょう。」
「うん……アニスが怪我するのいやだし……。」
「私はアロスが怪我するのがいや。」
「そう。二人とも、本当に偉いわ。」
「ああ。……だが、もうあんまり危ないことをするんじゃないぞ。」
最後に一つだけ諌めて、アロスとアニスの頭を撫でてやる。
緊張の糸が切れたのか、傷だらけの双児たちはその場でわんわんと泣き出してしまった。アステアが包み込むように二人の背中に手を回した。
子ども達をなだめながら、アステアは俺に忠告する。
「アラン、まさかラダトーム一帯のスライムを討伐する、なんて……?」
「……するわけ、ないだろう。」
今だけ忘れていた。アステアの勘は鋭い、ということを。