04. きょうだい|守るべきもの(2)
ひょい。
ブンッ。
ひょい。
ぱかん。
ぼろ布をぐるぐる巻にしただけの球が、ゆっくりと円弧を描いて空を飛ぶ。飛んでいった球は、そのまま行ったきりであったり、たまに打ち落とされていたり。
「あーん、お父様、もっとゆっくりー!」
「うー。」
城のちょっとした中庭。花壇いっぱいの花々が、子どもたちの声と一緒にそよそよと揺れる。
小さな反論の相手先であり、お父様と呼ばれた人、アランは、
「わかった。」
とか、
「よく見てれば当たる。」
とかいいながら、かれこれ数時間は付き合っている。お母様に当たる私、アステアは、それをベンチに腰掛けながら眺めている、というわけ。
今日は休公務日。アランも私も仕事はなし。一日子ども達に付き合うことになっている。何故こんな光景が繰り広げられているか、というと、時間は昨日に巻き戻る。
……
………
…………
時は夕刻。
ふらっと遊びに行った先で、野良スライムにこてんぱんにされて双児達は帰ってきた。それを見たアランは内心ものすごく怒っていたみたいだけれど、それよりも子ども達が無事帰ってきたことで何とか帳消しにしてくれた、と、思いたい。
双児達は相当悔しがった。
それなりに軽い怪我はしていたけれど、それよりも負かされたことが涙の一番の理由らしい。私の腕の中でひとしきり泣くと、二人は毅然とした態度でこう言ったのだ。
「お父様、お母様。私達を強くしてください。」
と。
この子達は戦禍の世の中を知らない。それは、私達の代で終わらせたのだから。特に「力」がなくとも生きていける、そんな世の中。それでもこの子達は、「守るための力」を欲した。
きっとアランも、私と同じようなことを考えていたに違い無い。自然と顔を見合わせた。
子ども達の二組の視線と表情は、かつての私達を思い出させる。
「……分かったわ。」
ふう、とため息付きの微笑みをプラスして返答する。
「アステア……。」
「アニスとアロスは、やっぱり私達の子どもね。」
「……頑固なところは親譲りだな。」
「お互い様。」
アニスとアロスは、自分達の要望が聞き入れられた事を素直に喜んだ。
「護身の為ぐらいのものなら教えても構わんが……。魔法、使えるのか、二人とも。」
「うーん、二人ともまだ魔力資質が乏しいわね。というか、そもそも魔法の基礎の基礎って、私達の系譜からいったら「メラ」からになるんだけど。」
「それはだめだ。」
「……言うと思った。火遊びが怖い、っていうんでしょう。」
「……。」
「となると、剣術ということになるわね。」
「うーむ……こんな早くに剣術を教えることになるとはな……。」
「ロトの、剣術……?」
「……。習得すればかなりの手腕になるだろうが、まあ、最初は長物を扱うことから始まるからな。まだまだ先は……。」
「じゃあ、決まりね。頑張ってね、お父様。」
そう言われると、アランは頭を掻いて複雑な顔をしながら了承した。
こうして、翌日の休日にお稽古をつけることとなったのだ。
……
………
…………
気がつけば、中庭の三人は休憩に入っていた。
剣の代わりのひのきの棒をほうり出して、汗だくのアニスとアロスがこちらに駆け寄ってくる。
「お母様ーいっぱいお稽古したー。」
「あー! アロスばっかりずるいよう!」
駆け寄るなり抱きついてくる二人。服が汚れることなんて微塵も気にならない。汗で若干しなった髪を撫でて、まだまだ元気が余っている小さなお弟子さんを労った。
やや遅れて、アランがこちらへやってくる。
「お疲れさま、アラン。」
「ああ。」
「どう? アニスとアロスは?」
そうだな、と言って、アランはにわかにかつての剣士の顔を見せた。
「二人とも筋はいい。結構早く体得するかもしれない。」
「アニスもアロスも太刀筋は似ているのかしら。」
「似てる、と言えば似てるんだが……、アニスは飛んできた球のうち、三つに二つは当てて、アロスは三つに一つ、だな。」
「あら、アロス。アニスに負けないようにがんばらなくっちゃね。」
話を振られたアロスは、ぷうと頬を膨らませ、アニスは得意満面。
「でも、イレギュラーな方向に飛んできた球に対しては……アロスは三つに二つは避けて、アニスは三つに二つ当たってたな。」
「じゃあ、アニスもアロスに負けないようにがんばらなくっちゃね。」
今度はアニスがぷう、と言う。アロスはそんなことないよ、ともじもじしている。
「二人とも、筋がいいってお父様が。すごいわ。今日は二人ともがんばったので、お母様から、ささやかながらご褒美を差し上げます。」
小脇に携えていた小さな包み紙を広げると、双児達の目の反射に色とりどりの飴玉が写り込んだ。
わあ、という声と共に包み紙から各々つまんで、アニスは赤い飴を、アロスは青い飴を口に入れる。私の隣に座ったアランが、それを愛おし気に眺めた。
「改めて思うが、双児の姉弟といっても違うもんだな。」
「そうね。いつも二人一緒にいるけれど、気がつくとそれぞれに成長しているわ。」
子ども達は飴を食べ終わったのか、追いかけっこをして庭を走り回っている。少し高めの歓声にまぎれるように、アランは呟いた。
「……剣術なんて、使わなくなればいいんだがな。」
「……そうね。」
アランは、四角く切り取られた中庭の空を見上げる。
「……封印の日は近い、な。」
「……ええ。」
子ども達がはしゃぐのを目で追いながら、私はアランの手をそっと、握った。