05. 痛み|守るべきもの(3)
お城と街をつなぐ街道は、レンガを用いた舗装でできている。
往来を意味するわだちから少し脇に逸れればなだらかな丘陵。雑木林がところどころ生えるこの場所に、二つの影が現れた。
ざん、という効果音もお似合いの、しっかりと地を踏みしめる足。その意気込みとは裏腹に、登場した二人はまだまだ幼い体格だ。
「いくよ、アロス。」
「う、うん、アニス。」
アニスと呼ばれた少女は、いかにも負けん気が強そうな面持ちで、かわいらしい顔つきの真中の目には、闘志の炎がメラメラと燃え、お鍋のふたを装備した左手はぎゅっと硬く握られている。
対してアロスと呼ばれた男の子は、どちらかというと姉のアニスにくっついてしぶしぶという感じが否めない。かぶったお鍋の帽子は大きかったのか、たまにずり落ちてくるのを何度も動かしてかぶりなおした。
「やっぱり戻ろうよ。お父様が危ないことしちゃだめだっていってたし。」
「だめよアロス。スライムなんかに馬鹿にされて悔しくないの?」
「悔しいけど……大丈夫かなあ、僕たちだけで。」
「セツジョクセンを果たすときがきたのよ! あんなにシュギョウしたじゃない。」
今日こそセキネンの恨み果たしてくれるわー、などと、どこで覚えたのかちょっと口達者なアニスは奮起している。
「じゃあ、はじめるわね。」
むん、と気合一発。胸いっぱいに空気を吸い込むと、おもいきし叫んだ。
「でてきなさーい! 弱虫スライムー! ほら、アロスも!」
「う、うん。で、でてこーい!」
小さな戦士達は子供らしい高い声を張り上げて、やれ弱虫スライムだの、臆病者だの、おいしそうだののちょっと意味不明な単語も交えつつ挑戦者の到来を待つ。
そう。この二人は、以前の野良スライムに一方的にやられたリベンジ戦をしかけにきたのだ。
しばらくすると、草むらから三匹のスライム達が現れた。つやつやした真っ青なゼリーのような表面には、くっきりと歯型が残っている。
「あっ、あの痕! 僕が噛み付いたやつだ!」
「じゃあこの前のスライム達ね!」
現れたスライム達も気づいたのだろう。なにやらピキピキと会話(?)らしきものを交わすと、にやにやとした口元で双子たちに向き直った。……にやにやした口元は元々であるか。
にらみ合う双子たちとスライムの間に一陣の風が、一枚の木の葉とともに舞う。戦いのゴングが鳴ったのだ。
やあ、という掛け声とともに、双子達はひのきの棒を掲げてスライムの群れに突貫する。振り下ろされたひのきの棒は、ひとつはスライムの脇をかすめ、ひとつは中心を外しこそすれどヒットする。以前より戦闘力が上がったことを知ったスライムたちは、気分的にはゴゴゴゴという音響を纏って、双子達に本気で反撃する様子を見せた。
ぷにぷにした体をバウンドさせながら子ども達に執拗に体当たりをするスライム。お鍋のふたで防いだり、ときたま棒でカウンターを当てる双子。攻勢は一進一退だ。ボカスカボカスカと粉塵巻き上げながら決闘は続く。
時間がたつと、最初五分五分だった戦いはだんだん双子達が押されるようになってきた。ちょっと強くなったとはいえ、子ども二人にスライム三匹ではこうなるのも仕方がないだろう。
「わっ、アニス! 危ない!」
アニスの足にスライムが絡みつく。そのまま足をとられて、アニスはペタンとしりもちをついてしまった。そこへもう一匹のスライムが体当たりをしかけた。アロスの方もスライムと一対一の勝負で手が離せない。
「きゃー!」
アニスの悲鳴が響く。そこへ、一本の枝がキリキリと回転しながらスライムに当たった。
「待て待て待てーい!」
「まてーい!」
アロスとアニス、そしてスライム達が声がした方を振り返る。そこに立っていたのは双子達とそう年の変わらない男の子と、妹らしき女の子。焚き付け用なのだろう、雑木林で拾ったと思われる小枝が小脇に抱えられている。
「あ、お前ら。この前の……。」
「スライムから助けた人だよね、お兄ちゃん。」
「……ははーん。まーたいじめられてるんだろー。よっしゃ、この俺様がまた助太刀してやる!」
「あたしもー。」
「勇者のパーティーには仲間がつきものだからな! ちょうど二人欲しかったんだ。いい機会だから俺のパーティーに入れてやるぞ!」
「やるぞ!」
兄の方は、一方的にしゃべると胸を張ってのけぞった。妹も真似している。
スライム達は目をぱちくりさせていたが──いや、瞬きなどしないが──ターゲットと認識して助っ人兄妹にも照準を定めた。思わぬ助太刀を享受した双子達も、見知った顔ということもあってまた一念発起だ。
またボカスカボカスカ、スライムと子ども達の大乱闘。形勢が逆転した戦いは、スライムが泣いて逃げていったことで決着がついた。──スライムは泣かないが。子ども達にはそう見えたのである。
「今日も俺達の大勝利だぜ!」
「だぜー!」
「あ、ありがとう!」
「また助けられちゃったね、アニス。」
「こ、今回は手加減してやったのよ!」
大勝利、を収めた勇者ごっこの一行は、口々に勝利に酔いしれている。いつの時代も「勇者遊び」は人気なのだ。勝ったとはいえ、四人とも皆傷だらけの埃だらけ。お互いにすごい格好だな、と言い合いながら高らかに笑いに興じた。
「お前らとはよく会うなー。よし、今度俺んちでも遊ぼうぜ!」
「お菓子もあるよー。」
「え、行ってもいいの? 私達。」
「あったりまえだ! もちろん、お前らのうちにも遊びに行くからな! 友達も連れてく!」
「あたしもいくぅ、お兄ちゃん。」
「ほんとに? わあ、楽しみだなあ。ね、アニス一緒にいこうよ。」
「なんてったって、俺達はともに戦った仲だからな! この傷はクンショウだぜ!」
「だぜー!」
そうこうしているうちに、空は夕焼けで赤くなり始めている。
「あ、いけない。そろそろ帰らなくっちゃ。またお父様とお母様が心配しちゃう。」
「お父様、お母……様?」
街の兄妹達は怪訝な顔をした。
「そうだね、アニス。そろそろ帰ろう。そっちも心配するだろうし。」
アロスがそういうと、兄妹たちはやばい、遅くなると怒られる! と呟いた。
「じゃあ、またね!」
「ばいばい!」
双子達は元気に手を振ると、小走りに街道のほうへと走っていった。お城の方角に。
「え、お前ら街はこっちだぞ!」
兄は双子達が走っていく方向とは逆の方を指差して声を張り上げた。
声に気がついて双子達が振り返る。
「いいんだよ、こっちでー!」
「私達のお家、ラダトーム城だもの! 今度来てねー!」
そういうと、また小走りに城門の方へと去っていった。
「え、え、えええっっ?! あいつら、本物の勇者の子どもだったのかよー!」
「えー、なあにどうしたの。お兄ちゃん?」
街道脇の原っぱには、口をあんぐりとあけた兄と、無邪気な妹。
赤く染まった空に、しゃれこうべの代わりに大きなおなべを掴んだおおがらすが、あほう、あほう、といいながら横切っていった。