ロト紋好きさんに30の命題より
06. 信じるこころ|暁の虚城、宵待ちの都 第5章 挿入話
「ここは……?」
目が覚めてみると、僕は何も無い世界で倒れていた。
「……おかしいな。さっきまで僕は……。あれ?僕は何をしていたんだっけ。」
どうも頭がすっきりしない。考えようとすると、ぶれる。
ずっと倒れていても仕方が無いのでゆっくりと立ち上がると、何やら足下がすうすうする気がした。
「……あれ、どうして僕、スカートなんか……?」
首から下は、簡素な白いワンピースだった。こんな服、持ってたかな……というか、こんな服を着るような状況じゃなかった気がするのだけれど。
そこからまた過去を探ろうとすると、思考がぶれる。
だんだんとぼんやりしてくる。体だけが機能しているような感覚。……そういえば、なんだか、すごく喉が乾いたな。
『ほら、水だ。』
差し出される透明なグラスと揺れる水。グラスを掴む手は私よりも大きい。
「? ……どうした? やっぱり今日のアステアはおかしいな。」
「……えっ!」
はっと気付くと、私はベッドの上に座って上の空だった。水を差し出された手から目線を上にスクロールすると、眉を八の字にして私の顔を覗き込むアランの姿が見えた。
「具合悪いんじゃないのか? やっぱり今日は休め。」
「……あれ? アラン?」
「? なんだ、本当にどうしたんだ。疲れているんだろう、アステア。いいから、寝ていろ。」
アランはそう言うと、ベッドの脇に据えてあったワゴンにグラスを置いて、私を床に寝かし付けた。私がシーツにもぐったのを確認すると、これまたベッドの近くに据えてあった椅子に座る。伏せてあった本を手に取ると、足を組んで静かに続きを読み出した。
距離は、すごく近い。姿はとても貫禄があるように見えた。ページをめくる音だけが辺りにに響く。
「アランは……旅に出てるんじゃなかったっけ。」
ぶれる思考から無理矢理断片を拾い上げた。なんとなくそんなことがあったような……。
「うーむ、なんだか混乱しているようだな。誰かメダパニでも掛けたか。」
「ち、違うよ。多分。」
「まあいい。お前が落ち着くなら話相手になってやる。お前が戻ってこい、といったから、俺はここにいる。分かったか?」
「私が、言った?」
「そうだ。今日は俺が看病してやるから、心配するな。」
「う、うん……。ありが、とう……。」
アランは、自分が言った通りに私の望むものはなんでも用意してくれた。
こんな人、だっただろうか……。
「お前が望んだんだろう。いいじゃないか、これで。」
私が望んだもの……。これが……。
……。
「……。」
「どうした、アステア。」
「僕の望み……やっぱりなんだか違うよ。」
「そんなことはない。これはお前の願望だ。」
辺りにたゆたっていた乳白色の霧が、徐々に乱れ始めた。
「アランは、もっと粗野だし、ぶっきらぼうだし、自分が一番だ。」
「優しい俺は、嫌いか?」
アランが息のかかるギリギリまで、顔を近付ける。ガラス玉をはめ込んだような目だけが異質な反射を返している。
手に持っていた本が、床に落ちる。乾いた音を立てて無造作に開いたページには、何も書かれてはいなかった。
「……君は、アランじゃない。」
「与えられた幸せを取りこぼすのか? 賢明とはいえないな。」
寸刻の間。
「僕は……、こんなのは望みじゃない。全部ひっくるめたアランじゃないと厭なんだ。」
刹那、渦巻いていた霧が一気にどす黒いものへと変貌し、アランだった人は年端のいかない子ども、ジャガンへと姿を変えた。
「夢を見ていれば永久の安息だったものを……。」
そこで、ぶれていた思考がだんだんとクリアになる。そうだ、僕はローランでジャガンと戦って……!
霧の晴れた空間に、爆発呪文で吹っ飛ばされた現実のアランが、壁に叩き付けられているビジョンが映し出された。これは、僕の器が見ているものに違い無い。
「……アラン!」
僕は、聞こえるはずもない声を、ビジョンに向かって叫んだ。
「おっと、そうは問屋が下ろさないぜ。」
「……僕の体は、僕に返してもらうよ。」
「ふん。吠えるのは結構だが、お前には俺の業を共有してもらう。」
とたんに、僕のいた場所はアランの過去、ジャガンの記憶に引きずり込まれた。
「どこまで精神が耐えられるかな、アステア? 恐怖で落とされないように気をつけな。」
ジャガンはにやりと笑う。
「……ふふ。」
「なにがおかしい。」
「いや、こっちの方がよっぽどアランっぽいな、と。」
「ほざけ。」
辺りに血生臭い空気が立ち篭め始めた。
「僕は、守られるだけの女になんかなりたくない。また足手纏いになるのは、ごめんだ。」
ジャガンと僕の戦いが、始まる。