ロト紋好きさんに30の命題より
11. 出会い
射抜くような鋭い眼光。蒼を讃えた双眸が、合わさる拳越しに突き刺さる。
久々の獲物を、俺は正面から迎え撃つ。握った拳と繋がる筋は、込めた力で堅く締まった。支点となった頑丈な文机が、拮抗する力で微震する。
「な、なかなかやるわね……アラン。」
「……伊達に勇者の看板は背負ってないんだぜ、アステア。」
どれぐらいこうしているのだろう。くの字型に肘をついて、お互いの右手同士をがっちり結んでいる。
「お父様がんばってー!」
「お母様がんばってー!」
ギャラリーから声援が上がった。何の事はない。腕相撲だ。
事の発端は、双児たちがどこから聞いてきたのか分からんが……父親と母親、どちらが強いのか、という話題になったらしく、それを直に確かめたいらしい。子どもの世界も大変である。遊び仲間の中では「母親の方が強い」という意見が多数とのこと。……嘆かわしい事だ。
そんな話題を振られたからには……こうなることは予測できた。
相手がアステアであるので、本心を言えばすぐにケリが付くと思ったのだが……それがまたどうだろう。意外と粘る。
とはいっても、俺の出している力は腕相撲程度の力加減──戦闘での力配分と同じ分出す程、俺は阿呆ではない──の六割も発揮していない。対してアステアはというと、こめかみを流れていった汗具合からして結構一杯一杯なのではないだろうか。もはや勝負というよりどこまで耐えられるか、という方にシフトしているようだ。俺は余裕綽々で合の手を入れてみたりする。
「ほれ、どうした。」
「ど、どうもしないっ……!」
そろそろ限界が近いのだろう。だんだんと押し返す力が弱くなっていっているのが分かる。せめてもの情け。一息に為留めてくれよう。
「……っくあ!」
ちょっと──俺にとってのちょっとだが──力を込めると、あっけなく勝負がついた。断末魔も空しく敗れ去ったアステアは、右手首を押さえてブラブラさせながら子ども達に敗北宣言をしている。勝負の行方を固唾を飲んで見守っていた子ども達もこの結果に納得したようだ。
アステアは半袖から覗いている自身の腕をさすりながら呟いた。
「うーん、筋力落ちちゃったのかな。それなりに鍛えてたはずなんだけど。」
「初めて会った時なんて、俺とアルスをそれぞれ片腕だけで同時にねじ伏せるぐらいだったしな。」
「そ、それは全盛の現役時代だったからで……!」
もう、それらは懐かしい記憶だ。自然にもれる微笑が、それを物語っている。
「うーん、あんまり見た目は変わってない気がするんだけどなあ……。」
まださすっている。何気に悔しいらしい。なんとなくアステアの腕を掴んで触覚で確かめたくなった。掴んだ円周ですっぽり収まってしまいそうなアステアの右腕ではあるが、その実肌の下にはしなやかな筋肉が息づいている。親指で確かめる内肘から上の二等筋などは、現役時代とさして変わらなそうな感じだ。そんじょそこらの男共では太刀打ちできないだろう。
「ね、あんまり変わらないでしょう。」
「そうだな。……。」
「……アラン?」
俺はアステアの二の腕をさすりながら、ある事を考えていた。
「……同じぐらいの柔らかさだな。」
「同じぐらいのって何と………。」
「安心しろ。出会った時よりはちゃんと成長している。」
アステアはしばし熟考の沈黙。いや、別に気付かなくてもいいのだが。
「……な! ちょ、ちょっと子ども達の前でなに言うの!!」
俺の考えている事を当ててしまったらしい。顔を赤らめて凄まじい勢いで腕を振払われた。主語について皆目見当付かない双児達は、アステアにその正体を聞くべく食い下がっている。
アステアが困り果てて、プラス、多分照れ隠しで叫んだ。
「これだから男ってのはー!」
こういう時、俺はどうすればいいかを知っている。三十六計逃げるに如かず、だ。