24. 夜明け|暁の虚城、宵待ちの都 第4章 サブストーリー
地下世界と地上世界。おおよそ人が「世界」としている二つの地は、数年前まで混沌を欲する者、異魔神によって意図的に分断されていた。
不自然に分かたれた世界は、三人の勇者らによって有るべき均衡を取り戻したのである。
その戦以前よりも発展しつつある「世界」は、人の強さと同時に貪欲さを体現しているといえよう。生きる術を取り戻した人々は、知識欲という余剰の力を持て余した。それは地下にも地上にも等しく派生して、お互いの知り得ない情報を流通させるに至ったのだった。
地下で特に学者らに人気を博したのは気象や太陽・月を基軸とする時間概念、そして天文学。地下世界は文字通り地上世界の真裏に位置する構造のため、「星」というものが存在しない。空にあるのは空だけだ。地上からもたらされた目新しい題材に学者が食い付くのは当然至極として、なによりその瞬きの美しさに魅入られる民も多かった。星を見るための旅企画はいつでも盛況である。
──余談であるが、世界の構造自体、二重層なのか一枚皮表裏なのか謎めいているため、同じく知識欲の餌食になっている。しかしこれはまったく一般層に人気がない。
地下世界の中枢ラダトームは、最も知識と文献が蓄積され律全と整理されている。よしんば、そこらの学者顔負けの探求者が国の要人であり、知識の坩堝をもたらすきっかけとなった勇者の一人が居を構えているのである。
時間を見付けてはなんやかんやと貴重な書籍や文献を王立書物庫の本棚から拐っていく勇者、もとい、現ラダトーム女王アステアを止めるものは誰もいはしない。
今日も関所であるカウンターは顔パスである。
「今回もすごい量ですね、アステア様。」
書庫の管理を仕事にする学者らの一人が声がけた。ここへは頻繁に顔をだすアステアであるので、彼女自身がある程度のフランクさを許容している。
「ひまつぶしにはもったいない内容なんだけど、おもしろくってつい借りすぎちゃうんだよね。」
「読み物、というより、研究途中のレポートにまで手を出されたとあっては私ら立つ瀬がありませんね。」
「はは、流石に深いところまでは叶わないよ。パズルみたいに組み合わせてなんと無く組み立てるのが楽しくてね。」
「おお、恐ろしい。それこそ学者の神髄ですよ! どうぞ得心ゆくまでお役立て下さい。」
アステアは礼を述べてその場を辞した。
常人であったなら腕が伸びきるぐらいの本を抱えているにも関わらず、アステアは颯爽と閲覧室へと入っていった。
「アランは旅に出てるからいろいろ見聞広められていいけど、私はお城に詰めっぱなしだしなあ。こうでもしないとほんと、時代遅れになっちゃうよ。」
誰ともなく一人ごちると、手近な場所を陣取って早速表紙をひも解く。
「研究報告も面白いけど、今日は伝承でも読んでみようかな。」
多くは吟遊詩人が謳い伝えるものを文字に起こしたり、解釈を付け加えたりして編纂されていた。
「へえ、こんなにたくさん伝承があるのか。ご先祖さまもロマンチックな話とか好きだったんだね。」
太古から瞬く星々には神秘的な故事から取ってつけたような話まで、様々な物語が添えられている。数字や観測とは又違った魅力があることにアステアは興味をそそられた。
ペラペラと読み進めていくうちに、遷ろいの星、と銘打たれた伝承に行着いた。
『遷ろいの星』。
遷ろいの星はあまたの星とその姿を乗ぜず。地平線が光と闇の狭間に揺れる刻、その姿を現す。
夕闇の遷ろい星は宵の明星、明方の遷ろい星は明けの明星とす。
星自らの輝きは、希望の光とともに墜落の印となろう。
唯一にして堕天と福音の守護者、遷ろいの星。
「……。なんか、被るな。」
アステアの脳裏に浮かんだのは、今どこかを放蕩しているであろう、かの片割れの勇者であった。
ロトの加護を受けながらにして魔の烙印を合わせ持ち、光の守護者と闇の引導の狭間で血の運命を辿っていた彼。光と闇の遷ろいのほんの少しの間にだけ、彼自身は彼自身になっていたのではないか。
一瞬の輝きに気がつけたのは、ほんの偶然だったのかも知れない、と。
「……ってなんで伝承を読んでるのにアランが出てくるんだっ!」
背筋が氷を入れられたように勢い良く伸びて、読んでいた分厚い伝承の本が柏手に綴じられた。自己弁護に夢中になってしまったアステアは力加減をするのを忘れてしまい、紙の束は必要以上に大きな音を奏でる。
『シーッッ!』
書庫内の静寂を破られたことに対して、死角から諌めの音が飛び交った。
「あ、ご、ごめんなさい。」
注意されたことでほんの少しだけクールダウンしたが、突然心に投げ込まれた一石は思った以上の大きな波紋を生じさせている。
申し訳ないのか怒っているのかそれともそれ以外の何かなのか、どこから選ぼうにも迷い箸になるのである。
「……一体なんだっていうんだ。」
無理矢理波紋を鎮めようと、先ほどまで順繰りに読んでいたページを適当に飛ばして、全く関連のない伝承文をめくってみたりする。思惑とは裏腹に、今まで情報として入ってきた文字の数々はただの幾何学模様となって紙の上に踊った。
「…………はあ……。」
同時に、今のアステア自身には理解できそうにもない、特別なため息が零れていったのだった。
〔参考〕Wikipedia-明けの明星