ロト紋好きさんに30の命題より

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  25. 絆  



 「ふむ、目元がどことなく似ている。」
 「ここまで父上の血が濃いとなると冗談にも聞こえるな、兄上。」
 「まったくだな。お前もそうは思わんか、フローラ。」

 生まれたばかりの稚児を乗せた揺りかごから、二人の兄弟、長兄ローランと次兄カーメンは稚児の母となった女性に顔を向けた。長い薄紅色の髪を肩口でひとつにまとめ、貫頭衣にも似たゆったりした寝巻き姿で寝台に身を起こしているその人、末妹のフローラは見舞いに訪れた兄達を微笑みによって歓迎する。

 「まあ。そんなことを言っては、父上が拗ねてしまいますよ、兄様方。」
 「ははは。そうだな。だがこの真っ青な瞳など、父上譲り以外の何者でもなかろう。」
 「この特徴的な髪色はフローラそのものだな。本当にこの子は祝福されている。」

 ガラス細工のような肌をした稚児は蔦模様の揺りかごに揺られて、大きな蒼い目をしばたきながら祝福を受け入れていた。揺りかごの左右から覗く叔父に向けてミニチュアのような手を伸ばしたりぎこちなく握ったりしている。

 「おお、もしや感じとっているのかもしれんな。」
 「ロトの血筋、ですか。兄上。」
 「父、アレルを源流とする血脈は我々自身も特別な力があるのをなんとなく感じ取っているからな。」

 大きな切っ掛けはないが、二人の兄弟は自身の血が引き寄せる微細な事象があることを知っていた。それはルビスにまつわることであったり正義感の奔流だったりする。どれもが成り行き上発生しているように思えたが、一般常識的な確率で言えば低いとは言えなかった。

 「フローラは女とはいえ、ロトの血脈は等しく受け継がれている。三代目の子がどのように育っていくのか、楽しみであるな。」
 「そう、ですね。」

 カーメンの問いかけに、突如フローラの表情が曇った。

 「実は、兄様方二人を同時にお呼び立てしたのは、それについてお話があるのです。」
 沈痛な面持ちの妹の様子に、二人の兄弟はただならぬ雰囲気を感じ取った。子どもが生まれ、幸福の最中にあるにはあまりにも掛け離れていたからだ。

 「実は、父上から告げられたのです。この子の今後についてのお話を。」
 「父上が? 労いや祝辞ではなく?」
 「ええ……。父上はおっしゃいました。『この子は死産として系譜に記載せよ』、と。」
 「な、なにを……! 誠かそれは!」

 フローラの瞳の憂いが更に深くなり、ローランとカーメンは心底信じ難いという心情を露にした。

 「そんな、まさか……あの何よりも生命を尊ぶ父上が言った事とは信じられん。」
 「こうして元気に生まれてきたというに、一体どういうことだ?」
 「待って、待って下さい兄様方! 父上は考え無しにそのようなことをおっしゃったのではないのです。」

 フローラの瞳には憂いが残ったままだったが、その奥には凛とした光が点っている。兄達が落ち着くのを待って、静かにゆっくりと口を開いた。

 「私が産を終えて少ししてから、父上が教えて下さったのです。……世界の危機の再来を。遠いか近いか、そこまでは正確には分かりませんが、私達ロトの子孫がまた、世界のために必要とされる時がくる、と。」
 「世界の危機、だと。ゾーマは父上ロトの勇者が断切ったのではなかったのか。」
 「ゾーマは確かに倒れました。それは紛れもない事実です。ですが……ゾーマは朽ちる間際に言い残したそうなのですよ。『また新たな闇が訪れる』と。父上と、地上に帰った聖戦士三人はそのことがはったりではない、と分かっていたようです。」
 「『聖戦士の誓い』か。次の世代を絶やす事なく、世界が闇に閉ざされる時、勇者の元に集う。」
 「そうです。そして、父上はおっしゃいました。その闇は既に胎動しているかもしれない、と。」
 「!!」
 「闇が欲するものは、大体の目測がついていました。その一番の要になりうるのが、ここ地下世界に留置されている「光の玉」と……「闇のオーブ」。こと、闇のオーブは厳重に隠し通さねばなりません。その存在すら忘れさせる程に。」
 「まさか、その守人の役目が……。」
 「はい。」

 先ほどまでの憂いの目には、いつしか強い決意が宿っていた。

 「フローラに先に辛い思いをさせてしまって腑甲斐無い。許せ。」
 「いいえ、いいえ。私もロトの直系です。覚悟は決まっているのです。それに……父上がこのことを打ち明けて下さった時、あれほど悲しんだ父上を私は見た事がありませんでしたもの。つらいのは私だけではありませんから。」
 「フローラ……。」
 「それから、少しだけ、兄様方に父上が託したいことを聞き及びました。きっと、地上への礎を託されると思いますわ。長兄ローラン、次兄カーメンが地上を、末のフローラが地下の平和を連綿と繋ぐのです。」

 光栄ですわ、とフローラは気丈に笑った。父ロトが護った世界を継ぐ、そのことが喜ばしく、誉れなのだと。

 「私の子は、闇のオーブ守護の為に、存在を隠します。兄様方もくれぐれも内密にしていただきたいのです。地下でも、地上でも、私の子の存在を知られてはなりません。」
 「だがそれでは……。」
 「地下世界の継承についてご心配いりません。この子の出生を少し偽証して、結果的には王位につくようにしますから。」
 「そうではない、フローラ。」

 ローランが決意堅く、故にやや先走ったフローラを寸刻押しとどめた。

 「世界が闇に覆われるというのなら、私は勇んで地上に向かおう。それはカーメンとて同じ気持ちだ。」
 「無論。」
 「ロトの責務はこのローランとカーメン、必ず果たしてみせよう。だが、フローラの子を死産にする、ということは……我らの血筋から除外されてしまう、ということなのだぞ。よいのか、フローラ。」

 ローランの杞憂は、フローラにとって最も心臓を掴まれる思いだった。根で繋がってはいるが、いずれ忘れ去られてしまう「きょうだい」。その運命に身を委ねることに一抹の寂しさが付きまとうのも事実なのである。

 「ええ……。このことは、私が子どものように駄々をこねてどうにかなることではありませんから……。ですが、ひとつだけ、わがままを聞いて下さいませんか。」

 再び憂いが舞い戻り、フローラは思いを絞り出す。

 「どこかの未来で、また私の手を取って下さいませ。」

 フローラの目から、一筋の涙が頬に伝っていった。
 二人の兄はフローラに寄り添い、両の手をそれぞれ包み込んだ。

 「長兄ローラン、お前が孤独の時、必ず迎えに来よう。」
 「次兄カーメン、お前が危機の時、必ず助けよう。」

 頼もしい兄の強い誓いに、フローラの目から雫が止め処なく溢れた。
 揺りかごの天使の屈託ない喃語だけが、平和の象徴をつなぎ止めていた。
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