ロト紋好きさんに30の命題より

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  27. 涙  

 いつもならとっくに起きている時刻だが、俺はそれが分かっていながら未だに寝台に沈んでいる。とにかく、眠い。春眠暁を覚えず、俺も朝日を拝まず。
 昨日寝たのは、たしか明方近くだったような気がする。正確には今日だ。毎日こんな状態ではないが、たまにはこういう風に多忙を極める時だってある。昔は睡眠時間が一時間ほどでもなんとかなったものだが……。まあそんなことはどうでもいい。とにかく現状、俺は眠い。
 ……。
 ……。

 「アラン、眠いの分かるけど、そろそろ起きないとまずいんじゃない。」
 「……。」
 「アラン。今日は予定があるんじゃなかったの。」
 「……。」

 アステアはいつも通りに起床して、いつも通りに身支度を整えている。それはそうだ。昨日はそれなりに寝ているのだから。──無理をしない程度の時間までは起きていたようだが。
 せっかく起こしに来たところ悪いとは思ったが、返事をするのも億劫になってしまうぐらい睡魔の誘いを断れない。
 しばらくの間、なんとか俺を起こそうと呼び掛けていたアステアだったが、やがて根負けしたのか扉の向こうへ消えていった。

 ……。
 ……。

 さあ、もうすぐ深い眠りに入る、というところで、寝台の回りに重量のなさそうな物音が聞こえた。二つ……足音か。
 アロスとアニスか? その後に、また足音。うつ伏せにつっぷしているので姿は分からないが、無防備な枕元までやってこれるのは三人しかいない。 三人はぼそぼそと打ち合わせらしきものを始めると、寝台から覗き込むようにして仕掛けてきた。アステアめ、また何か策を講じてきたな……。

 「お父様、眠いの?」

 意外やアロスの普通の問いかけに、若干拍子抜けする。

 「お父様、起きないの?」
 「……んー……すまんな、アニス、もう少し……。」

 そう言って、枕を更に手繰り寄せた。俺のささやかな抗戦だ。
 と、首筋に一滴、冷たい雫が落ちた。
 それはだんだんと数を増やしていき、不規則に頬や首を濡らしていく。もしや、誰か泣いている、のか?

 「……うっ。アラン……!」

 アステアか!そんな……泣かせる程とは思わなかった。
 そう思った矢先、突っ伏していた俺の背中に二つの全体重がのしかかってきた。

 ──せーの。

 「お父様ー! もうお父様の笑顔は見れないのー?!」
 「目を開けてーお父様ー!」
 「ちょっと待てー!!」

 がば、と勢い良く海老反りになって飛び起きた。
 のっかっていた策士の手先、アロスとアニスはわーわーとはしゃぎながらベッドから転がっていく。その勢いで策士の親玉を確認してやる。
 アステアは口元を押さえながら、してやったりな笑いをこぼしていた。顔を背けているが、明らかに笑いのツボに入っている。左手には水分を多めに含んだ布が……。

 「おはよう、アラン……!」
 「もう少しまともな起こし方はできんのかっ」
 「家族サービスだったのに。ねえ、アニス、アロス?」
 「「ねー。」」

 見事な連携プレイを披露した面々は、その絶大な効果にご満悦だ。家族サービスの意味合いがいいようにねじ曲げられている気もする。 ……もう、なるべく睡眠時間は削らない方がいいかもしれない。
 まだ頭はすっきりしないが、これだけは主張しておきたい事があった。

 「ひとつだけいいか、アステア。」
 「何?」
 「あんまりアニスとアロスに変な単語を覚えさせるな……。」
 「アランがちゃんと起きれば問題解決。」

 睡眠時間は削らないようにしよう。
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