28. どこまでも君を思う|前編
海によって外界から分離されたここ、ジパングは独自の文化を築いている事でも有名だと思う。気候の移り変わりによる神事は特に特徴的なんじゃないかな。太陽がもっとも高く美空が映える季節は、実りの季節への祈願と共に先祖の魂をしずめる祀りが執り行われることもあって、最もこの国が沸き立つ時節であったりする。
村の中央にある広場では伝統にならって篝火が焚かれて、男も女も祈りの舞を捧げている。といっても、荘厳な雰囲気というよりはお酒も入るし無礼講だしで、ある程度の踊りの型はあってもかなり自由に踊っている感じ。どちらかというと慰労の催しという方が色濃いかな。
私もそれに混じって賑々しいお祭り騒ぎに乗じたいところではあるのだけれど、こと「女王」ともなると祀り本来の用事であるところの真面目ーな行事が待ち構えていたりする。
橙光眩しい野外とは裏腹に、私が今いるところは民家より大分重厚に作られた社の中だ。中は薄暗く、ところどころに行灯のほのかな灯りがちろちろと揺れている。部屋の一番奥まったところは行灯の光では足りないというかのように、ここぞとばかりに沢山の蜜蝋燭が灯されて、一見不規則な光源の中にはこれから執り行われる「御霊寄せ」に必要な神具が奉られている。
同じく神事に真面目に取り組まねばならないイズナは、師であるリハクの手慣れた指示に従ってこま鼠のごとくあくせくと準備を執り行い、今ようやく全てを終わらせた。こういう仕事は性に合っているんだろうなあ。
「お待たせしました、イヨ様。いつでも執り行なえます。」
「うん、じゃあ早速はじめましょうか。」
御霊寄せは、かなり久しぶりにやる神事だったりする。今までは世界崩壊の危機に瀕していたこともあって、できたとしても死者の魂を弔い鎮める「御霊流し」が関の山だった。最後の簡易神事は崩壊への始まりの地点でもあったけれど、同時に今の平和な時代への掛け橋の地点にもなった。そこへ、平和をもたらした勇者アルスが同席していたことは少し懐かしい。
──おっと、思い出を懐かしんでいる場合じゃなかった。
とにかく、御霊寄せは久々の行事。かいつまんで言うと、既に亡くなってしまった人の魂を一時的にこの世に呼び寄せることだ。
「今年はどんな人がくるのかしらね、イズナ。」
「さて、全てはルビス神の選定による所ですから。世界の理に触れた方というのは確実ですが。まあ、大抵はルビス神の『お告げの代弁者』です。」
「……イズナは『ろまん』がないわねえ。もっとこう、わくわくするようなことが起こるかもしれないじゃない。」
「イ、イヨ様……。」
しょぼくれるイズナをしり目に、さくさく御霊寄せを進める事にした私。まあ、イズナをからかうのは私の嗜みのようなものだから。そういうころころと表情が変わるのもいいのよ。
長々しい呪いや、浮遊しているような神楽音色を合の手に粛々と御霊寄せは執り行われた。今年下界に降りたのは、珍しく若い男性。いつもは大分年を召した御霊様──天寿を全うしたってこと──がほとんどだから、多分先の戦禍で何かしらあった人に違いない。ルビス様に繋がる形で。
最初ぼんやりと人形を取っていた御霊は、やがて薄い色素を保った一人の人物へと変化した。薄らと目を開くと、ゆっくりとした口調で言葉を紡ぐ。
「……ルビス様は願いを聞き入れてくださったのか。」
「常世への渡り、歓迎いたします。御霊様。」
「……ここはどこだい?」
下界へと降り立った御霊様は、それまでの御霊寄せでジパングを訪れた人々よか全然気さくに口を開いた。なんとなく、経験上お告げ人として降り立ったようには感じない。私は御霊様にざっと状況を説明する。
「残念だけど、私は『お告げ人』ではないんだ。ちょっと気になる事があってね。君たちにはそれに協力して欲しい。」
「まあ、なんとなくそんな気がしたんですけど。」
「イヨ様、お言葉使いが……。」
「いいじゃない。御霊様がふれんどりぃなんだし。」
「ああ、私もそれで構わないよ。少しばかり手を煩わせることになるしね。それで、早速なんだが……。」
「はい、何でしょう。御霊様のお手伝いをするのが吾が一族の勤め。」
「世の中がどうなってるのか、少し確認させてほしい。地上も、地下も。」
「地下も?」
「まあ、私にもいろいろあるんだよ。」
「はあ……。ま、いいわ! じゃあ私が案内役で世界旅行、といきますか。」
「イ、イヨ様! 女王自らがお出かけになるおつもりですか! このイズナも参ります!」
「だーめ。あなたは私の留守中代役を務めてもらわないと困るもの。頼りにしてるわ、イズナ!」
「イ、イヨ様ぁ……。」
というわけで、私の予感も的中。わくわくするような事が舞い込んできた。窮屈な女王暮らしには渡りに船。私は御霊様を連れて、平和になった世界の案内役を勤める事となった。先の大戦で伊達に世界中を廻ってない。大量のキメラの翼さえあればお茶の子歳々。
「イヨ、と言ったかな。宜しく頼むよ。」
「ええ、頼りにして下さいな、御霊様。あ、その前に言っておきますが、御霊様は普通の人からは見ませんし、物にも触れられません。本当に眺めているだけですよ。御霊様と接触出来るのは特別な神仙術を使える私やイズナ、一部の人間だけです。常世にいられるのも僅かな時間ですから、忘れないで下さいね。」
「分かった。そうか、時間がない、か……。物見遊山は諦めるしかないな。じゃあ、本当は最後に行こうと思っていたんだけれど、一ケ所だけでいい。」
「え、いきなり一ケ所だけに絞っちゃうんですか?」
「ま、実のところ、そこだけだったんだけどね。気になるのは。」
「……よほど気になるんですね。で、そこはどこなんです。」
「ルーラで飛んだら分かる。」
「ルーラで、って御霊様、ルーラ使えるんですか。」
「? 使えるが?」
「は、はあ。で、ではお願いします。」
なんとなく天然な御霊様にずっこけ、案内役のつもりが案内され役になってしまった。なんかどこかの誰かと被るなあ、と思いつつ、私は御霊様にくっついて一路「気になる場所」へと赴く事になったのだった。
29. きせきへ続く